銀河の中心で、巨大ブラックホールが星を育てる
【2005年10月25日 Chandra Photo Album】
我々の天の川銀河の中心にある巨大ブラックホールが、星の誕生を促していることが、NASAのチャンドラX線観測衛星によって明らかになった。これまでに観測できなかった新しいタイプの星形成モデルで、通常の星形成とは様々な面で異なる特殊な環境のようだ。
いて座A*(Sgr A*)は、我々の天の川銀河のまさに中心に位置する、巨大ブラックホールと考えられている天体である。ブラックホールといえば、あまりに強い重力のためいったんその圏内に入り込んでしまった物質は二度と脱出できないとされる天体で、一般に破壊的な存在というイメージが強い。ましてや銀河中心の巨大ブラックホールともなると、通常のブラックホールと比べ桁違いに大きいので、なおさら恐ろしいものに感じられる。
ところが、赤外線の観測によって、いて座A*から1光年も離れていない位置に大質量の星がいくつか存在することがわかった。今回のチャンドラのX線による観測が行われるまで、天文学者は首をかしげていた。従来の星形成モデルでは、星の誕生に必要なガスはすべて巨大ブラックホールに吸い込まれてしまうと考えられていたからだ。
この謎をとくために、2つのモデルが提案された。1つ目は、いて座A*をとりまく高密度な降着円盤が、巨大ブラックホールの及ぼす潮汐力を相殺して星の誕生が可能になったという「円盤のゆりかご説」。2つ目は、巨大ブラックホールから遠く離れた星団で形成された星が引き寄せられたという「移住説」だ。「移住説」では、大質量星だけでなく、太陽程度の小さな星が100万個程度、巨大ブラックホールを囲んでいるはずだと予測される。一方「円盤のゆりかご説」では、低質量の星はそれほど見つからないだろうとしている。巨大ブラックホールを囲む円盤では従来の星形成の常識は通用せず、大質量の星が生まれる割合が多くなるからだ。
天の川銀河の中心は幾重ものちりとガスのベールに包まれていて、低質量の星を観測するにはX線の目が必要だ。そこで、イギリスとドイツの研究者はX線観測衛星であるチャンドラを利用した。まず、いて座A*の周辺から放出されているX線を測定し、次にオリオン座大星雲中の若い星からのX線と比べた結果、いて座A*の周囲にある低質量星の数は1万個ぐらいであることがわかった。よって、「移住説」は否定されたのだ。
「私たちの天の川銀河の中で、もっとも過酷な環境に打ち勝つとは、生まれようとする星は意外とねばり強いようです」と研究者の一人はコメントしている。しかも、見方によっては、巨大ブラックホールがあったからこそ大質量星がたくさん誕生できたのだ。「ブラックホールが星を破壊するだけでなく、新しい星の誕生を助けたというのは、注目すべきことです」
しかし、そこはやはりブラックホール、最後に肥えるのはブラックホール自身だ。大質量の星は、最後に超新星爆発を起こし、核融合で作られた酸素などの重元素をまき散らすが、これが巨大ブラックホールの周囲に取り込まれるはずだ。実は、いくつかの系外銀河の中心にある巨大ブラックホールを取り巻く円盤では異常に重元素が多く観測されているのだが、こうした事実も「円盤のゆりかご説」で説明可能となるかもしれない。
なお、リリース元ではブラックホール周辺で進む星形成のアニメーション(Animation of Stars Forming Around Black Hole)が公開されている。
巨大ブラックホール:巨大ブラックホールは銀河の中心にあり、太陽質量の100万倍〜10億倍に達する強大なもので、恒星進化の末に生まれるブラックホールと区別される。これらの巨大ブラックホールの質量は、ほぼ銀河の質量に比例しているため、銀河の進化の過程において重要な役割をしていると考えられている。(「最新デジタル宇宙大百科」より(一部抜粋))