【特集・太陽系再編】(3)「小惑星」が消える
【2006年8月21日 アストロアーツ】
変わるのは惑星だけではありません。それ以外の太陽系のメンバーも、名称が変更されようとしています。特に、「小惑星(minor planet)」という呼び方が撤廃されて、「太陽系小天体(small Solar System bodies)」になろうとしている点が注目されます。現在小惑星の代表であり、惑星にすることが提案された「セレス」を中心にその事情を見てみましょう。
埋まる数字、欠ける数字 − セレスのポジションはどこに
国際天文学連合(IAU)で惑星に認定されようとしている小惑星「セレス」が、かつて「惑星」と呼ばれたことがあるのをご存じでしょうか。セレスが発見されたのは1801年1月1日。軌道を計算した結果、当時もてはやされていたある「惑星の法則」に見事に一致していたのです。
その法則とは「惑星の太陽からの距離は、“0.4+0.3×(2のN乗)天文単位”で表せる」(1天文単位は地球の太陽からの距離。また、Nは内側の水星から順に、-∞, 0, 1, 2, ...とする)というもので、ティティウス・ボーデの法則と呼ばれていました。地球はN=1に相当して、当時知られていた最遠の惑星・天王星(N=6)までは見事に一致していました。しかし、N=3(N=2の火星と4の木星の間)に相当する惑星が存在しなかったため、探そうという動きが18世紀末から盛んでした。そうした中、まさにN=3にあてはまる軌道を回るセレスが発見されたのですから、「新惑星」と多くの人が思ったに違いありません。
しかし、直後に同じような軌道を回る天体が発見された上に、セレスを含めたすべてが、水星(当時知られていた最小の惑星)よりもはるかに小さいことが判明しました。そこで、火星と木星の間にある天体は「惑星(Planet)」ではなく「小惑星(minor planet)」と呼ばれることになります。現在は、他の軌道を回っている天体、たとえば海王星の外側を回るエッジワース・カイパーベルト天体も「小惑星」として扱われています。ちなみに、ティティウス・ボーデの法則は後に見つかった海王星と冥王星には当てはまらず、現在では単なる偶然の産物だと考えられています。
惑星 | 水星 | 金星 | 地球 | 火星 | セレス | 木星 | 土星 | 天王星 | 海王星 | 冥王星 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
N | -∞ | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
0.4+0.3×(2のN乗) | 0.4 | 0.7 | 1 | 1.6 | 2.8 | 5.2 | 10 | 19.6 | 38.8 | 77.2 |
太陽からの距離 | 0.39 | 0.72 | 1.00 | 1.52 | 2.77 | 5.22 | 9.54 | 19.2 | 30.1 | 39.5 |
惑星として発見された天体が、200年以上の時を経てついに惑星に認定される。めでたしめでたし…と言いたいところですが、いくつか問題が考えられます。その1つが、発見されて軌道が確定した小惑星につけられる「小惑星番号」です。IAUの小惑星センター(Minor Planet Center)によれば、2006年8月9日現在で338,097個の小惑星が見つかっていて134,339個に番号がついています。言うまでもなく「1」はセレスなのですが、そのセレスが惑星になってしまったらどうすればよいのでしょう?
番号を繰り上げるのは論外です。「永久欠番」も前例がありません。では「小惑星番号を残したまま惑星に昇格」はどうかというと、似たようなケースで騒ぎになった天体があります。その名は冥王星。かつて「冥王星は惑星か」という論争が「冥王星を小惑星番号10000番に」という提案をきっかけにヒートアップしたことがあるのです。「惑星の座に残るのに、記念的に小惑星番号を振るのはよくない」という声が通ったわけですから、セレスが「小惑星番号1番の惑星」とすんなり決まるのは想像しにくいでしょう。セレスが惑星になったら、このあたりにも注目です。ちなみに、小惑星番号と彗星の認識符号を併せ持つ天体はいくつか存在しています(小惑星番号2060 = 周期彗星番号95P(キロン)など)。
二重の意味を持つ「小惑星」
本当の問題は、さらに大きな次元にあります。なんと、IAUが提案した原案では「小惑星(minor planet)」という呼び方そのものが廃止されようとしているのです。
「太陽を回る他のすべての天体は、まとめてSmall Solar System Bodiesと呼ぶこととする。」(国立天文台 アストロ・トピックス 230)
その理由は、「惑星」と「それ以外」を区別する以上、「それ以外」の方に惑星という言葉が付いてはいけないから、と説明されています。"Small Solar System Bodies"は日本語で言えば「太陽系小天体」になりますが、惑星や衛星以外で太陽の周りを公転している天体はすべてこう呼ばれることになります。そこには従来の「小惑星」に加えて、彗星なども含まれます。今まで「小惑星」と呼ばれていた天体をまとめて定義する名称がなくなってしまうと「小惑星番号」の扱いにも困ってしまうことでしょう。
おまけに、この改称によって、日本語を使う私たちは英語を話す人よりも大きな混乱に陥るかもしれません。英語には"minor planet"とは別に、「岩石質の小天体」を示す"asteroid"という言葉が存在するのに、どちらも日本語で「小惑星」と訳されているからです。たとえば小惑星が密集する火星と木星の間の領域は、日本語では「小惑星帯」ですが英語では"asteroid belt"と呼ばれます。ちなみに、"asteroid"に含まれない"minor planet"は主に氷でできた小天体で、エッジワース・カイパーベルト天体が代表的な存在です。英語圏で"minor planet"と"asteroid"がしばしば混同されていることを考えれば、新しく定義しなおすことは意味があるかもしれません。しかし、日本人は理科の授業を受ける生徒から天文学者にいたるまで頭を抱えることになるので、うまい翻訳を考えてほしいところです。
結局セレスは「小惑星」になる?
「小惑星(minor planet)」の呼称を廃止することには、別の意図もあるかもしれません。「惑星」が増えても、「呼び名に惑星を含む天体」が他になくなってしまえば、「惑星」の中で格付けをしても混乱を招かないからです。たとえば、IAUは提案の中で「1900年以前に認められた8つ(水、金、地、火、木、土、天、海)の惑星を便宜的に『古典的惑星(classical planet)』と呼び、セレスは『矮(わい)惑星(dwarf planet)』と呼ぶことを推奨する」としています。
「冥王星や2003 UB313を惑星に」という声とは別に、「惑星は8つしか認められない」という声が強かったのも事実です。ひょっとすると、今回の原案は「古典的惑星」を非公式用語ながら提案することで、両方の意見を取り入れた折衷案的な要素があるのかもしれません。しかし、「矮惑星」は言いにくそうですね。天文用語で"dwarf"は「矮」と翻訳されることが多いのですが、"dwarf"は「普通より小さい」という意味の英単語ですから、"dwarf planet"をなじみのある日本語にすれば「小惑星」に…。
議案がIAUで正式に採決されても、内容を日本語で覚えたい方は少しお待ちください。
※この特集は、IAUが発表した文書を元にした解説です。「惑星の定義」はまだ原案であり、24日に行われる採決の際は変更されている可能性があります。また、新しく提案された用語には正式な日本語訳が存在せず、本文中の日本語訳はアストロアーツニュース編集部が直訳したものである点にご注意ください。