すばる望遠鏡、過去最遠の銀河を発見
【2006年9月14日 すばる望遠鏡】
すばる望遠鏡が128.8億光年離れた銀河を発見した。すばる望遠鏡自体の性能だけでなく、特別に開発されたフィルターによって実現された快挙だ。この発見は、すばる自身が持っていた最遠銀河の発見記録を6000万光年塗り替えるとともに、謎の多い宇宙初期の「暗黒時代」に本格的に切り込むものである。
遠い銀河の発見としては、過去にVLTで「132.3億光年かなたの銀河」を発見したと発表された例(2004年3月9日のニュース)や、重力レンズで拡大された「130億光年かなたの銀河」を発見した(2004年2月16日のニュース)とされた例がある。しかし、前者はのちに誤りだったと判明していて、後者はあまりに暗すぎて判定が困難である。
一方、すばる望遠鏡を使った探査は着実な成果をあげている。分光観測によって確実に遠方の銀河だと言えるもののうち、もっとも遠い6つはすばるによる発見だ。成功の要因としては、すばる望遠鏡自体の性能もさることながら、ひたすら対象を「絞った」ことがあげられる。遠方銀河を探査するグループは、手前の天体にじゃまされずに深宇宙を見通すのに適した領域に観測を絞っていた。なかでも、「すばる深探査領域(SDF)」と名付けられたかみのけ座の一角は特に重点的に調べられている。さらに、ごく限られた波長の光しか通さない特別なフィルターを用いることで、狙っている距離にある銀河だけを浮かび上がらせる工夫がされてきた。
生まれたばかりの銀河は、大質量星が放射する「ライマン・アルファ輝線」で特に強く輝く。ライマン・アルファ輝線は波長121.6ナノメートルの紫外線だが、遠方の銀河は赤方偏移によって波長が大きく伸び、赤外線で観測されることになる。今回の観測にあたり、国立天文台の家正則教授らは、波長973ナノメートル付近の赤外線しか通さないフィルターを開発した。CCDの感度と地球大気による吸収を考えると、波長の長さとしてはこれが限界だという。
どのような宇宙膨張モデルを採用するかによって、赤方偏移の度合いと距離の関係は変わってくるが、近年国立天文台での発表で用いられてきたモデルに基づけば、今回開発されたフィルターの通過波長は約128.8億光年離れた銀河の光に相当する。なお、このモデルでは宇宙年齢は136.6億歳となる。
このフィルターをすばる望遠鏡の主焦点カメラに搭載し、合計15時間に及ぶ撮影で、SDFの中で41,533個の天体が撮影された。さらに、他のフィルターで撮影された画像と比較した結果、このフィルターだけで写っている天体は2つだけだった。そして、「IOK-2」と名付けられた天体はさらなる分析が必要とされたものの、もう1つの「IOK-1」は分光観測からまぎれもなく128.8億光年の距離にある銀河だと確認されたのである。
さて、今回使われたのは波長973ナノメートルのフィルターだが、過去に波長921ナノメートルのフィルターでSDFを観測することで、128.2億光年離れた銀河が多数見つかっている。この事実から、128.8億光年先の銀河は6個見つかると期待されていた。それなのに1個(あるいは2個)しか見つからなかったことは、注目に値する。
ビッグバンから38万年後に、それまでばらばらになっていた陽子と電子が結びつくことで、宇宙は中性水素で満たされていた。その後輝く天体が形成されるまでの時期は「宇宙の暗黒時代」と呼ばれる。やがて天体が輝きはじめると、放射された紫外線によって水素は再び陽子と電子に分かれてしまい、今に至ったのである。「再電離期」と呼ばれるこのイベントは、ビッグバン後3〜9.5億年の間に起きたとされていた。128.8億光年離れたIOK-1は現在より128.8億年前、ビッグバンから7.8億年後の銀河だ。このころ天体の形成と再電離が始まっていたことは間違いない。しかし、128.2億年前、すなわちビッグバンから8.4億年後の銀河に比べて銀河の数が少ないことを考えると、まだ再電離は「進行中」かもしれない。
128.2億年前と128.8億年前とで、銀河の数が本当に違うと言うには、別の領域も観測して検証しなければならない。しかし、すばる望遠鏡がいよいよ「宇宙の暗黒時代」に光を当て始めたのは確実だ。