地球の生命が他の惑星で生存できる確率
【2021年7月2日 東京工業大学地球生命研究所】
地球の生命が他の惑星でも生存可能かどうかを知ることは、生命の起源を理解するためだけではなく、他の惑星をテラフォーム(地球化)する可能性を考える上でも必要となる。しかし、実験室で他の惑星の条件を再現したり、地球上で他の惑星や衛星と類似した地域を訪れたりして実験を行ったりすることは、費用面でも時間の面でも多大なコストがかかる。
東京工業大学地球生命研究所(ELSI)のHarrison Smithさんたちの研究グループは、すでに生物学者が日常的に収集しているような生化学のデータと、これまでに探査機が収集してきた惑星観測のデータとを統合し、他の惑星における地球生命体の生存率を予測するためのフレームワークを開発した。このフレームワークを使うと、任意の天体の環境とそこにある化学物質を元に、生命活動を維持するための生化学反応が行えるかどうかを計算することができる。
Smithさんたちはこのフレームワークを土星の衛星エンケラドスに適用した。エンケラドスでは海底の熱水と内部海の水が混ざって、水蒸気や氷の微粒子となって、氷地殻の長い割れ目から宇宙空間へ噴出している。これまでに行われた氷粒子の分析からは、複雑な有機分子が見つかっている。
研究グループは米・エネルギー省共同ゲノム研究所のデータからエンケラドスの海と同じpH範囲で生息する地球の生物を選び出し、それらが行うことのできる化学反応を特定した。続いて過去の観測データからエンケラドスで見つかっている化学物質を元に、これらの生物が行うことのできる反応を繰り返すシミュレーションを実行し、最終的に生物の生存に必要な化学物質をそろえるられるか調べた。
解析の結果、エンケラドスの海では必要な化学物質がそろわず、地球の生命は生存できないという結果が得られた。Smithさんたちは生命に不可欠なリンがエンケラドスで見つかっていないことが理由ではないかと推測しているが、シミュレーションではリン以外にも複数の化合物が欠けていることがわかった。ただし、これらの化合物やリンは今後の探査で高感度の機器を使うと見つかる可能性があるという。
今回作成されたフレームワークは、あらゆる惑星環境や生物反応のネットワークに適用できる。データ収集が進むにつれて、より精度の高い予測が可能となり、生命とその起源である惑星の相互依存関係についての洞察がさらに広がると期待される。
〈参照〉
- 東京工業大学地球生命研究所:地球の生命が他の惑星で生存可能かどうかを生化学と惑星観測データから予測する
- Astrobiology:Seeding Biochemistry on Other Worlds: Enceladus as a Case Study 論文
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