タイタンに広がる枯山水の世界
【2006年5月16日 UANews.org】
かつて、土星の衛星タイタンには液体の「海」があると信じられていた。しかし、NASAとESA(ヨーロッパ宇宙機関)の探査機カッシーニと着陸機ホイヘンスが観測した限りでは、期待されていた巨大な海はなさそうである。一方で最近、カッシーニのレーダー探査により、タイタン表面の砂がいたるところで奇妙な模様を描いているのが発見された。それはまるで、液体のないこの地で誰かが海を表現しようとした、枯山水の石庭にも見える。
カッシーニにはレーダーが搭載されていて、可視光での観測を阻むタイタンの厚い大気に影響されずに、電波を使って表面の地形を撮影することができる。右の画像(上半分)は、2005年10月に撮影されたタイタンの赤道付近の画像だ。左下から右上に幾重にも走る筋模様は高さ100メートル程度の砂丘であり、数百キロメートルにわたり平行に続いている。米・アリゾナ大学月惑星研究所のRalph Lorenz氏によれば、ある砂丘は長さ1500キロメートルもあるとのことだ。氏はこの画像について、こう述べた。
「実に奇妙なことです。土星の衛星から送られてきた一連の画像は、まるでアフリカのナミビアやアラビア地方のレーダー写真とそっくりなんです。タイタンは、地球に比べて大気は濃く、重力は小さく、表面の砂質も明らかに違う…すべてが違うのです−この砂丘を形成した物理的過程と、その結果残された地形を除いては。」
図の下半分は、ナミブ砂漠の砂丘だ。確かによく似ている。砂漠の象徴ともいえる砂丘を作り出すのは風だが、それは1.6気圧の大気を持つタイタンでも同じはずである。地球では太陽からの熱が風を作り出しているが、太陽から遠いタイタンではほとんど影響がないのではないかというのが、10年ほど前までの科学者たちの見方だった。しかし、表面近くで風を吹かせる別のメカニズムがあった。土星の潮汐力である。地球に潮の満ち引きなどをもたらしている月の潮汐力の、実に400倍の力が働いているのだ。
あらためて地形の特徴を見てみよう。砂丘自身の幅は500メートルから1キロメートル程度で、間隔は1, 2キロメートル。砂丘は東西方向にまっすぐ伸びているが、白く見える山のような地形の周りでは曲がっており、すっかり石庭のように見える。庭師のかわりに仕事をする風は、平均秒速がたった50センチメートルらしい。タイタンは気圧が高く、重力も小さく、おまけに砂粒の密度が小さく軽いので、この程度の風でも十分なのだ。十数億キロメートル彼方にある巨大な石庭も、静寂な雰囲気に包まれている。
謎として残るのは、どこから砂がやってくるか、そして砂が何でできているか、という点だ。
まず、メタンの冷たい雨が表面の岩を削ってできたという説が挙げられる。タイタンの岩は水の氷などでできているので、この場合砂は氷の粒ということになる。問題は、タイタンの「平均降水量」から見る限り十分な量の砂が作られないということだ。しかし、カッシーニやホイヘンスの観測から、いたるところに河床や峡谷のような地形が見つかっている。おそらくタイタンでは、地球上のいくつかの砂漠地方にも見られるように、普段はまったく雨が降らないが降るときはひじょうに激しく降るのだろうと考えられている。
一方、上層大気における光化学反応で合成された有機物が降り積もって砂となるという説もある。
石庭の中には、制作者の意図がわからず、「難解な禅の世界」と片付けられてしまうものもある。だが、このタイタンの地形を作り出したのは他ならぬ自然だ。科学者たちはあらゆる手段を使い、すべてを解明するべく問答を続けている。