小松左京、アーサー・C・クラーク、カール・セーガンなど、洋の東西を問わず多くのSF作家が生み出す物語世界は、時間も空間も壮大で、その舞台で繰り広げられる展開には哲学すら感じる。そんな本格的SF小説に加わったのが、中国人作家・劉慈欣の『三体』だ。現地では2006年にSF専門誌『科幻世界』に連載され、評判を呼び単行本化されると、2014年に英語版が発売された。翌年「ヒューゴー賞」をアジア人で初受賞すると世界中で読まれ、昨夏に日本語版が発刊された。同書は三部作になっており、待望の第二部『三体II 黒暗森林』が6月に発売になった。ストーリーも登場キャラクターも魅惑的で複雑だが、天文ファンとして押さえておきたいのが、タイトルにもある「三体(多体)問題」。3つの恒星の影響を受ける惑星の世界は、想像力を刺激される。第2部では、いよいよ地球文明と異星文明の攻防が描かれる。登場人物が導き出した学説「黒暗森林」は実に中国的だが、アストロバイオロジー(宇宙生命探査)でも論じられそう。
一方、『宇宙から来た少女』は、とても爽快に読めるファンタジー小説。ある日、天文学者の前に少女が現れて「あなたは5年後、人類にとって大きな発見をする。私はその補佐をするために、人類がネメシスとよぶ天体から来た」と言い、生活を共にするようになる。天文台や観測地の描写が細かくて、天文学者の生活に関心のある人には興味深いだろう。6巻完結の電子書籍で、ハートフルなハッピーエンドは安心できるストーリー。
『今夜F時、二人の君がいる駅へ。』は、大人向けのエンタメノベル。「ベテルギウス超新星爆発」「ワームホール」「流星群」など天文ファンにとって気になるワードが続々登場し、ワクワクしながら一気に読める。物語のメインテーマは、タイムトラベル。これまでにも様々なSF小説が扱ってきたモチーフであるが、同書の仕掛けはかなり本格的だ。参考文献には、松原隆彦氏・松田卓也氏・村山斉氏の著書が挙がっている。さらに「あとがき」によると、松原教授に直接アポを取り研究所を訪問したとある。なるほど、そんなバックボーンがあれば、たしかに安定感ある話にまとまるわけで見事だ。
最後の2冊は、同じ作家による純文学。『月まで三キロ』、その言葉を私は知っていた。数年前、地名にまつわる豆知識を紹介する仕事を受け取ったとき、静岡県にその標識がある情報を得た。まさか、その標識からこれほど心揺さぶられる物語が生まれるとは感動した。著者は、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻した専門家で、各所にサイエンスが散りばめられている。この短編集に登場する雪の結晶・化石・素粒子・火山などは、いずれも単なる小道具ではなく主役である。
『青ノ果テ』は、現代のイーハトーブで“カムパネルラが死なない世界”を求める青春物語。この20年ほど、宮沢賢治の世界を多角的に読み解くグループで一通りの作品にふれた私も、『銀河鉄道の夜』の異稿はとても好きだ。ほかにも列挙しきれないほど賢治作品が登場し、「科学を心象スケッチで表現した」童話や詩にあらためて感心させられる。“賢治ブルー”の世界をさまよう登場人物たちといっしょに、私も彼の地で語り合いたい。
星空の望めない梅雨時、どのSF小説があなたの心に響くだろうか。
(紹介:原智子)