メガスターデイズ 〜大平貴之の天空工房〜

第18回 本物の一大天文現象をこの目で

星ナビ2006年6月号に掲載)

この1年の間、会社としての基本機能を充実させるべく多くの仕事を自粛してきた僕は、2005年度最後の仕事として「本物の一大天文現象をこの目に焼き付ける」旅に挑みました。

カイロで雨? 悪天候にため息

プラネタリウムを作ることは本物の天文現象を模することであり、本物を知ることが何よりも重要である。自らCGで制作しているオーロラはいうまでもなく、最高の天文現象とされる皆既日食は一度は見ておかねばならないだろう。そんなわけで、鳴り続ける電話やメールの山を後に、壮大なるオーロラと皆既日食を、立て続けに堪能しようという野心的な旅に挑んだのだった。

とある仕事で、北極圏に位置する某所で、悪天候に悩まされつつ、辛うじて頭上にたなびくオーロラを目の当たりにした僕は、その記憶も新しいままエジプトの首都カイロに飛んだ。極寒の地から灼熱の地へ。しかし意に反して僕を待ち受けていたのは、雨降る街並みだった。カイロでの降雨は年に数日程度だというのに、この雨は数日続くらしいというニュースが地元を賑わせている。オーロラに続く悪天候に、日食で曇られることで有名な本誌編集人の川口氏と一緒なのはやはり良くなかったのかと、ため息をつくのだった。

カイロで、星ナビ協賛のツアーに合流した僕は、長距離バスで、中間地点マルサ・マトルーフを経て観測地サルームに入った。サルームの町を見下ろす丘の上に我々にあてがわれた観測地があったが、早朝の観測地は零度付近まで冷え込み、油断して防寒着をホテルに置いてきた僕は、北極圏以上の寒さを体感することになってしまった。やがて太陽が昇ったものの、丘に立ち込めた霧がなかなか晴れず、おぼろげな太陽が時折顔を覗かせるような状態のまま時間が過ぎた。

しかし第一接触の時間が近づく昼前にはなんとか気温が上がり、霧もほぼ消え、いつしか快晴の空になった。しかしまだ油断できない。皆既日食の宿敵、日食雲を警戒しなければならない。それは、日食で日射が一時的に低下することで気温が下がり、空気中の水分が結露して雲が発生する現象で、食分が進むにしたがって雲が沸いてきて、肝心の皆既中を閉ざしてしまい、また皆既が終わると晴れるという、ナントヤラの法則を地で行くような、まさに日食屋泣かせの現象だ。気象の専門家の間では賛否両論あるらしいが、川口氏曰く、間違いなく体験した現象だという。しかし、幸い今回はそれも起きず、皆既直前にはわずかな飛行機雲も消えうせ、観測地は完全な快晴に!

カイロにて

カイロ郊外・ギザのピラミッドにて。オーロラを見ていた極寒の地から灼熱の地へ。しかしカイロでも悪天候にたたられた。

霧の中

世界各国から日食ファンがサルームに集結した。観測地には朝から霧が立ちこめていて、不安がつのる。

太陽と月の奇跡的な一致

そしてその時は静かに訪れた。限りなく小さい光点に絞られていく太陽。そして初めて目にするコロナ、そしてプロミネンスの姿。このために新調した双眼鏡でその姿を眺めた。写真撮影にも挑んだが、それは自分の目で見た記憶をより鮮明に定着させるためで、あくまで僕の目的はこの目で見ることだったから、双眼鏡で、肉眼で太陽の変化とコロナを眺め、また周りの世界の変貌を全身で感じることに努めた。おかげですばらしい4分間を味わい、拍手とともに皆既食は終わりを告げたのだった。

初めて見た皆既日食の印象は? よく、初めて見た人の口からは、想像を絶するものだった、写真とはまるで違う、という声を聞いたが、正直言うと、僕の印象は想像通り、もしくは想像よりも小ぶりだったかな、というものだった。それはなぜか?

今回、太陽活動が極小期でコロナの広がりが小さかったせいもあると思うが、最近の撮影技術が向上して、内部から外部コロナまでの流線模様を克明に捉えた素晴らしいコロナの写真を事前にたくさん見ることができたのも大きかったと思う。だから、なるほど、という冷静な気持ちでコロナを観察できた。しかし双眼鏡をはずして肉眼で太陽を仰ぐと、不思議と涙があふれてきたのだった。それは、太陽と月が空で奇跡的な一致を果たした奇跡と、月に大気がなく、太陽と月の視直径がほとんど一致しているという、皆既日食をことさら素晴らしいものにする条件があまりに偶然そろっている事への感謝。そこに何か人知を超えた存在から人類に贈られた愛のようなものを感じ、言葉にならない思いが胸を突き上げるのを止められなかった。

勝利のガッツポーズ

>快晴の下、第3接触が終わりガッツポーズ! この感動は本物の皆既日食でしか味わえない。かぶっているのは唯一持ってきていた防寒着。

皆既日食は再現可能か?

さて、それではプラネタリウム開発者として当然意識しなければならないことは、そう、この皆既日食をプラネタリウムの中で再現できるかどうか? 神を恐れず言うならば、皆既中のコロナ&プロミネンスについていえばYESである。相当工夫をしなければならないだろうけれど、今の技術をもってすれば、あの質感を再現する映像を投影することは十分可能だと思う。難しいのはダイヤモンドリングのほうだ。コロナに比べ極端に輝度の高い太陽の鋭い光を投影像で再現することは不可能に近く、全く別の発想と相当な知恵が必要だろう。

そして、何よりも再現を困難にしているのは、皆既日食は視覚だけで体験するものではない、という点だ。つまりその場の風や気温の変化、動植物の変化、周りのどよめき、そして、壮大な本物の天空で今起きている現象であることそのものの感動は、けっしてドームの中の人工的世界では再現し得ないものだ。だから皆既日食の素晴らしさは、本物を見ることでしか味わえないというのが僕の結論である。

いけない、一度だけのつもりが、また次の日食を見たくなってしまった。僕もどうやら日食病にかかってしまったようである。

皆既日食

このコロナを、そしてダイヤモンドリングをプラネタリウムで再現することは可能か? エジプト・サルームにてキヤノンEOS5Dで撮影。