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LINEAR彗星(2003 T4)
この彗星については、すでに「星ナビ」2005年9月号、12月号、2006年1月号で紹介してきました。しかし、誌面では、ほとんど取り上げられていません。そのため、昨年末までの経過は、これらの号のWeb版新天体発見情報バックナンバーをご覧下さい。
さて、この彗星の観測はこれまで使用されている氷の蒸発(昇華)による非重力効果では、その運動を表現できなくなっていました。一般の非重力効果では、氷の昇華は太陽から2.808AUの距離付近から始まるとして計算されます。従って、太陽からの距離が約3AUより遠い、ほとんど氷の蒸発がない領域を動く放物線上の彗星や近日点距離の大きい周期彗星、あるいは軌道の大半が太陽から遠い領域内にある彗星に非重力効果が認められた場合、その解を得ようとすると非重力効果の係数(A1、A2)がきわめて大きくなります。非重力効果で生じた観測の残差が、たとえばわずか1"のずれしか認められない場合でも、ゼロに近い水の蒸発量でそれを補正しなければいけないからです。
一方、1996年に開発された薮下理論によるCO(一酸化炭素)による非重力効果は、COの昇華点が低いのでこのような太陽からの距離の影響を受けません。逆に、COの昇華は彗星の軌道の全周で起こっていることになります。従って、氷の昇華による非重力効果では解けない太陽から遠くを動く彗星の運動が解けるようになります。また、効果の影響が軌道の全周に及ぶため、一般にその係数(Y1、Y2)も氷の非重力効果の値に比べて小さくなります。しかし、この彗星が異常だったのは彗星の近日点距離がq=0.85AUと地球の軌道の内側に入り込んでいるからです。そのため、彗星の表面に氷の層がもしあれば、氷の蒸発が起こっているはずです。それなのに、氷による非重力効果では彗星の運動を表現できなかったのです。
2005年に入ってからもこの彗星の運動を確かめようと追跡観測が行なわれています。たとえば、1月2日JSTには大泉の小林隆男氏、3日には上尾の門田健一氏が追跡しています。さらに、1月17日(門田)、22日(門田、小林、浅見敦夫;秦野)、2月5日、12日(門田、小林)、23日、26日、3月2日(門田)と報告されます。数ヶ月前から、私も小林氏もこの彗星の運動は氷による非重力効果では表現できないこと、さらにその非重力効果では残差に大きな偏りが見られることをすでに確かめてあります。しかし、それでも中央局のマースデンは、この時点でも氷の非重力効果による軌道を2005年3月3日発行のMPEC E08(2005)に公表しています。彼の非重力効果の係数は、A1=+23.24、A2=−6.09でした。もちろん、軌道にはすでに残差の偏りが見られているはずです。摂動を考慮した軌道には普通その残差をつけるのですが、同号のMPECにはそれがありません。見られたくないのでしょう。彼は残差の状態が悪いときはよくこの手を使います。
一方、私も同じ頃、同じ観測を用いてCOの非重力効果による軌道を計算しました。その非重力効果の係数は、Y1=+9.67、Y2=−0.73です。A1とA2ほどではありませんが、この係数も非重力効果としては大きなものです。ただし、根本的に違うのはこのY1とY2を使用すると、彗星の運動を完全に表すことができるのです。
さて、どちらの軌道が正しかったのでしょうか。二人の軌道から最近の観測のずれを見れば一目瞭然にそれがわかるはずです。この原稿を書いている時点でもっとも新しい観測は、その頃から約9ヶ月後の2006年1月2日に行なわれています。マースデンの軌道からのずれはΔα=+9".3、Δδ=+31".3でした。実は、私も、この彗星についてこんな長期間後の観測から軌道の精度を調べたことがありません。また、仮に全観測をきれいにフィットできている軌道でも、その後の観測を表現できるとは限らないことが多々あるのです。そのため、ワクワクしながら、一方ではドキドキガタガタしながら、私の軌道からの残差を計算しました。すると『良かった』です。私の軌道からのずれは、Δα=−2".3、Δδ=−4".6でした。つまり、位置にして最近の観測はマースデンの軌道から33"、私の軌道から5"のずれとなります。つまり、私の軌道はこの彗星の運動を正しく表現しており、彗星の運動には明らかにCOの昇華による非重力効果が働いているということになります。
3月に入っても、小林・門田氏による彗星の追跡は続いていました。マースデンは、再び、3月12日までの観測から計算した軌道(A1=+20.75、A2=−4.58)を3月16日発行のMPEC E89(2005)に公表しています。この軌道からの最近の観測のずれはΔα=+8".1、Δδ=+32".9で、軌道は、むしろ改悪されています。このあと、門田氏の3月6日と16日の観測が17日01時59分に、さらに3月18日23時39分に門田氏から3月18日の観測が報告されてきました。その5日後の3月23日にマースデンは、また、MPEC F35(2005)で、3月20日までの観測を使用した軌道(A1=+18.66、A2=−3.55)を公表しています。この軌道からの最近の観測のずれは、Δα=+6".5、Δδ=+28".2と少し良くなりました。しかし、観測期間の短い私の軌道の精度にははるかに及びません。このとき、私も、同じ期間の観測からCOの昇華による非重力効果を考慮した軌道(Y1=+9.17、Y2=−0.43)を計算しています。この軌道からの最近の観測のずれは、Δα=−2".1、Δδ=−0".6で、約9ヶ月離れた観測をほとんど誤差なしに表現しています。
『何も、そこまで足掻(アガ)かなくても良いだろう。「今のお前(私)のプログラムでは計算できない。プログラムが欲しいとか、以前のように計算してくれ」と言ってくれば良いのに……』と思ってしまいます。しかし、最近では彼も歳を取ってしまったせいか、この数年前からMPCに発表する軌道に他人の軌道を使わないという発想に取りつかれていました。いわゆる年寄りの学者によく起こる「自分の城を守ろう」という考えに侵されていたのです。そうなってしまった人に何を言っても通じないと、私もここ数年間、彼がどんなおかしな軌道を公表しても、その結果を無視し続けていたのです。もちろん、今も……です。この間にも、門田・小林両氏からその後の多くの追跡観測が報告されていました。マースデンは、その後も3月30日04時09分到着のMPEC F49(2005)で、3月26日の小林氏までの観測を使用して新たな軌道(A1=+17.6、A2=−2.89)を公表しています。何かもう虚しいような気がします。悲しくもなりました。ただし、非重力効果の係数は、一般に観測期間が伸びると小さくなっていく傾向にあることが多いのです。そのため、彼は、そのことを期待して計算しているのかも知れません。しかし、この彗星については、彼が計算した軌道の残差にはすでに大きな傾向だったずれが見られているはずです。
この頃、小林氏とは「すでに重力では結べないし、氷の非重力効果、しかもメチャ大きい現実味のない非重力効果を考慮しても全期間の観測を表現できないというのに、なぜマースデンはこのことを受け入れないのでしょう」と奇妙に話します。私は『受け入れられないだろう。彼は、ホイップル、セカニナとともに、彗星は汚れた雪だるま説の大御所だぞ。そう簡単に事実を受け入れるものか』という会話をしていました。マースデンがMPEC F49を発行した少し前の30日03時53分には、門田氏から3月28日の観測が届いていました。そこで、もう苦笑しながら門田氏までの観測を含めた軌道(Y1=+8.85、Y2=−0.3517)を彼に送付しました。そこには『すでに山本速報No.2459やNo.2464に記述したとおり、きみももうわかっているはずだ。Water-Iceによる非重力効果では、もはやこの彗星の全期間の観測を表すことができない。きみの軌道には残差に大きな傾向だったずれが生じているはずだ。私のWebページにあるNK 1169Rの軌道を見た方が良い。ここにCOによる非重力効果を考慮した私の新しい軌道がある。きみの軌道と残差を比べてみると良い。COの非重力効果を使用すると、我々はFine resultを得ることが、きみもわかるだろう』というメイルをつけました。MPEC F49が発行された3月30日05時52分のことです。
その後も、4月4日01時20分には、門田氏から4月1日の観測が届きます。同じ日夜、21時36分には、その門田氏の観測までを使用した小林氏による軌道(Y1=+8.82、Y2=−0.3453)が「おっしゃるとおりY1の値が小さくなってきました。近日点通過後にどうなるのか、大変興味があります」というメイルとともに届きます。氏には、22時33分に『軌道をありがとう。これから先、氷の値(A1、A2)も小さくなってくるでしょう。同時にWater-Iceの残差も見るようにしてください』というメイルを返しておきました。しかし、この頃になっても、マースデンからは何の反応もありません。そこで、ここまでの観測群(小林氏と同じ)からもう一度軌道を改良して彼に送ることにしました。4月6日00時25分のことです。そこには『すでに書いたとおり、氷の昇華では、この彗星の運動を表現できない』ことをもう一度書いておきました。その軌道のCOの昇華による非重力効果の係数は、Y1=+8.83、Y2=−0.3422で、これは小林氏の値と良くあっていることがわかるでしょう。その約2時間後の6日02時34分には門田氏から5日の観測が届きますが、あえて軌道の再改良は行ないませんでした。マースデンに送った軌道は、精度良くその後の観測を表現していたからです。
すると、4月6日04時19分にMPEC G28(2005)が届きます。そこには、2時間足らず前に送った私の軌道が公表されていました。そして「軌道計算の目的が、観測の正しい表現と未来の予報精度を向上させることにあるならば、過去何週の間に、これまでの非重力効果の解法はこの彗星に通用しないことが明白となった。Water-Iceの蒸発が活発になる期間、2004年10月からの半年間の観測をフィットさせた(注意。観測は、2003年10月からある。つまり、観測期間は1年6ヶ月。すでにその間の一年分を表現できない)場合、観測はきれいに表現できる。しかし、このように期間を限ってもA1の値は+12となり、まだ異常に大きい量となる。一方、それより以前の12ヶ月の観測(2003年10月から2004年10月まで)は、重力のみの軌道改良でも観測をフィットできる。上の軌道は日心距離の大きな時点での非重力効果は、Carbon-Monoxide(CO)の蒸発で起こっているものと仮定して算出した薮下理論を使用して、S.Nakanoによって計算されたものだ」という注釈がついていました。しかし、この夜に送ってきた門田氏の観測はマースデンにも届いています。軌道を出すのなら「それも加えてくれ」と言ってくるべきです。『こんなことなら小林氏の軌道を送れば良かった』と思いながらそれを読みました。
ところが、後になって、彗星の世界は広いものだと気づきます。このMPECを見て「これは大きな成果だ」と喜んできた何人かの人たち(学者)もいました。つまり、有名な「汚れた雪だるま」説を完全には信じていないたくさんの人々がいることを知りました。
さて、そんな問答をしていた最中に処理したものが、先月号で紹介した「ヘール・ボップ彗星」、そして、3月29日に西村栄男氏と櫻井幸夫氏から報告があった「いて座新星の発見」でした。
アポロ型特異小惑星 2005 GB34
我が国のアマチュアによる特異小惑星の最後の発見が報告されたのは、1998年12月のことです。そのとき以来、我が国ではこの種の天体の発見が途絶え、すでに7年近くの年月が経過してしまいました。しかし、その間にも海外の親しい友人からは、高速移動天体を発見したので追跡して欲しいという何件かの依頼は届いていました。
4月7日夜は、22時00分にオフィスに出向いてきました。すると、その夕刻、17時06分にスロバキアのアドリアン(ガラド)から1通のメイルが届いていました。そこには「昨夜(7日08時JST)、小惑星のホトメトリーの最中にりょうけん座を非常な高速で南に動く15等級の移動天体を発見した。日々運動は、たぶん42゚くらいにもなるだろう。ときどき、望遠鏡の写野に飛び込んでくるいくつかの人工天体もあるが、この天体は地球接近の小惑星だと思う。1分露光で撮影し、それを41秒でコンピュータにダウンロードしている間に天体は写野から出て行ってしまうほどの高速だ。それでも追跡しながら多くのイメージを得た。しかし、その像が伸びているために測定は困難であった。結果は小惑星センターに送った。ホトメトリーが終了した3時間後に、もう一度この高速天体に望遠鏡を向けたが、見失ってしまった。センターのティム(スパール)からの連絡では、この天体をGAL003としてセンターのNEOの確認ページ(NEOPC)に入れてくれたそうだ。今夜、ヨーロッパのほとんどの地域が曇っている。しかし、その他の地域の誰に観測を依頼すれば良いのかわからない。Syuichi、日本の誰かに確認を依頼してくれないか。もちろん、この天体の予報位置が定かでないので捕らえられなくってもかまわない」という依頼が書かれてありました。
そこで、まず、彼のメイルに『追跡観測してやってください。メイルにあるとおり、NEOCPにGAL003であるそうです。よろしく……』と伝言をつけて、上尾、秦野、雄踏、美星、北見、山形、大泉に転送しました。22時15分のことです。そして、センターのWebページを見ました。地心距離はわかりませんが、この天体は、4月7/8日の深夜には日々運動が60゚近い高速で移動しています。これほどの高速で移動する未確認天体は、一年間に何個もありません。ぜひ、我が国の誰かに追跡してもらいたいものです。しかし、追跡態勢を取るといっても、今の我が国ではこのような天体の追跡確認はきわめて低調です。そのため、誰も観測してくれない可能性がきわめて大きいのです。そこで、22時15分にサイディング・スプリングのロブ(マックノート)に『モドラ(天文台のアドリアン)から次のような発見を受け取った。もし、観測時間が取れるのなら追跡してやってくれないか。我が国の追跡態勢は以前のように強固ではないんだ……。なお、天体がNEOCPに入っていることは確かめた』というメイルとともにこの天体の確認を依頼しました。
国内では、誰も反応がないだろうと半ばあきらめていましたが、22時31分に大泉の小林隆男氏より「こんばんは。群馬は薄曇り。木星がかろうじて見える程度の空です。この条件で16等級の高速移動天体を捕獲するのは無理です。申しわけありませんが、今日の観測はあきらめます」というメイルが届きます。小林氏のメイルにあるとおり、この夜は全国的に天候がさほど良くはありませんでした。22時34分、とりあえず確認依頼を行なったことをアドリアンに伝えておくことにしました。そこには、『GAL003の情報をありがとう。私はこの発見の確認観測を国内の何人かとオーストラリアのロブに依頼した。多分、何人かの人たちはこの天体の確認作業を行なってくれるだろう。ただし、今や日本の観測者の小惑星観測は非常に低調になってしまった。だから過分な期待をしないように……。お願いだから』と連絡しておきました。我が国の小惑星観測が低調になってから、いったい何人の海外の友人にこのようなメイルを送ったことでしょう。まったく淋しい限りです。すると、22時50分、アドリアンから「了解した。ところで、毎月の彗星の軌道、山本速報に貼られてくる美しい切手、そして、きみの仲間たちへの確認依頼ありがとう」というメイルが返ってきました。
そのわずか2分後のことです。やっぱり期待の星は、我が国ではなくオーストラリアで輝いていました。23時52分に、ロブから7日23時10分から13分までに行なわれたこの天体の3個の確認観測が届きます。光度は15.5等でした。ロブにメイルを送ってからわずかに1時間半後のできごとでした。『やっぱり、我が国では、このような緊急の追跡はもうだめなんだ』と一人で考えながら、それを見ました。しかし、そのロブのメイルのあと、23時59分になって、山形の板垣公一氏から「こんばんは。高速移動天体を私は一度も見たことがありません。楽しそうですね! でも、今の山形は雷雨です。明日、晴れましたら報告します。楽しい依頼ありがとうございました」というメイル、さらに4月8日00時06分には、上尾の門田健一氏からも「8日00時頃、25cm反射を向けてみましたが薄曇で透明度が低く確認できませんでした。16等の恒星が写っていますので、動きが速すぎるのでしょう」という報告が入ります。『まだ関心を持ってくれる人もいる』と気を取り直しました。概略の軌道を出すと、この小惑星は、この頃地球にもっとも接近しており、その接近距離は0.007AUほどであることがわかります。また、アドリアンが発見した当時、すでに小惑星は地球に0.008AUまで接近していました。
さて、00時54分にロブの確認をアドリアンに連絡することにしました。また、00時57分には関係者にこのことを伝えておきました。すると、アドリアンから01時50分に私とロブ宛てに「確認されたという連絡をありがとう。大変うれしい。これで私の発見した天体の軌道が判明するだろう。ただ、残念なのは発見時の私の位置が精測位置として十分な精度がないことだろう。米国か日本の観測者に捕らえられると思っていたが、南半球の著名な観測者が観測してくれるとは考えていなかった。これには本当に感謝したい。私のチーフにこのことを話すと喜んでくれるだろう」というメイルが届きます。新天体の発見が確認されたときの感激はいずこも同じようです。ただ、私にとっては我が国からの確認が伝えられなくて残念ですが……。
その後になって、この天体の追跡については、02時10分には、秦野の浅見敦夫氏からも「秦野でも、非常に透明度が悪い上、高速移動のため追跡観測をあきらめました。明日(8日)、美星に向かいます」という連絡があります。今回は私の仲間もたいぶ動いてくれたようです。次回のチャンスには、晴天を期待することにしましょう。ロブからは、02時24分にアドリアン宛てに「ちょっと前(02時10分頃)にもきみの天体をもう一度観測した。これから測定して報告しておこう」というメイルが送られてきました。我が国では、雄踏の和久田俊一氏も注目してくれたようです。02時48分に氏から「こんばんは。いつもお世話になっております。メイルに気づくのが遅れました。02過ぎよりNEOCPの予報位置付近を探してみましたが確認できませんでした。透明度は良くありませんが、16等の恒星は写っています。高度が低くなったので02時40分であきらめ打ち切りました」というメイルが届きます。皆様、どうもご苦労様でした。天体が15等級と明るいですが、日々運動が60゚もあると小型の望遠鏡ではなかなか写らないものです。
さて、アドリアンの天体は、4月8日03時30分到着のMPEC G49(2005)にその発見が公表され、仮符号2005 GB34となりました。それによるとロブの確認の前に、西半球の3ヶ所で天体が確認されていたことがわかります。最初の確認は、発見約4時間後に英国のバートホイスルによって行なわれていました。しかし、東半球での確認はサイディング・スプリングだけでした。
その夜(8日)は、20時35分にオフィスに出向いてきました。そして、この小惑星の軌道を計算し、お礼方々ロブに送ることにしました。ただ、MPECの観測に追加できる観測がないのは残念なことです。北半球で発見された小惑星は、この夜には南の空に行ってしまいます。そこで、21時34分にサイディング・スプリングでの予報位置とともに『余分な作業をさせてしまった。ご苦労様でした。でも、私が連絡しなくとも、きみはきっとこの小惑星を観測していたと思うけど……。ここに私の軌道を送る。新しい観測を待っていたけど何もなかった。従って、使用した観測はMPECと同じものだ。ただ、軌道は私の方が少し良いと思うのだけど……。アドリアン、北半球ではこの小惑星をもう観測できない。南半球の観測者が観測期間を延ばしてくれることを期待しよう』というメイルをロブとアドリアンに送りました。また、この軌道と予報位置は『昨夜に、何人かの方に観測を依頼した天体ですがマックノートからの観測が報告されました。この小惑星は、北半球ではもう観測できません。今夜、22時に高度が+16゚までになりますが、ちょっと無理でしょう』というコメントをつけて21時45分にOAA/CSのEMESにも入れました。
なお、板垣氏は、この夜も観測態勢を取ってくれたようです。22時34分に氏から「こんばんは。山形では今、南中、子午線通過です。今、60-cmがそこに向いています。でも、全天曇り空です。先ほどまで晴れていたのに残念です。もう少し粘ってみます」というメイルが届きます。また、翌朝4月9日07時18分になって、アドリアンからは「軌道が決まっているのでもう大丈夫だろう。私は、地球接近の小惑星の長期間の観測は困難であることを知っている。私の発見した天体が新天体であったこと、軌道が決まったことで満足だ。もし、昨夜(7/8日)に天体が捕らえられなければ、私の小惑星は見失われてしまった。だから、きみの大きな助けに大変感謝している。ありがとう。来年夏(2006年)、プラーグで会おう……」というメイルが届いていました。この小惑星は、この先4月8日夜にもロブによって捕らえられました。4月9日夜以後は、マウント・ジョンのギルモア・キルマーチン夫妻によって、12日まで毎夜観測されてました。しかしその後、小惑星は急激に暗くなってしまったために、追跡観測は行なえませんでした。最終軌道によると、小惑星は、4月7日の23時には地心まで0.0069AU(地表面から約103万Km)まで接近し、その頃日々運動が57゚の高速で空を移動したことになります。なお、この軌道は山本速報No.2466に掲載しました。興味のある方はそれをご覧ください。
さて、このあと、この「新天体発見情報」に取り上げたい確認作業が、2005年6月までにNGC 4961(4月14日)、UGC 11466(5月8日)などのすでに発見済みの超新星、超新星状天体、そして、いて座の新星状天体(5月8日)、さそり座の新星状天体(5月19日)、いて座の新星状天体(5月29日)、2000年2月のNEO天体などを含め、その他の確認作業が目白押しにあります。発見情報は、このような天体の確認作業の方が、実際には、おもしろく読み応えがあります。また、捜索者のために有益な資料となりますが、ここは、思い切ってこれらをカットし、次回は、日付を2005年6月まで進めます。