112(2014年6月)
2014年12月5日発売「星ナビ」2015年1月号に掲載
72P/デニング・藤川彗星の再発見
この彗星は、今より130年以上前の1881年10月4日にブリストール(英国南西部)のデニングによってしし座に発見されました。発見時、彗星は明るく7等級でした。このとき彗星は、すでに近日点(T=1881年9月13日)を通過していました。この出現では、ストラスブール(仏)のウインネッケは45cm屈折望遠鏡で「10月19日にはコマの周辺がはっきりとしない星雲状、10月28日には15cmコメットシーカで簡単に見え、2′の伸びたコマがあり、光度は8等級」と観測しています。しかし彗星は発見後、10月下旬から11月上旬には10等級と急速に暗くなっていきました。位置観測は、ストラスブールで行われた1881年11月25日の観測まで報告され、このとき11等級であったと観測されています。彗星は、この1回のみの出現を最後に見失われてしまいました。
彗星は、それから100年近くが経過した1978年10月9日に、香川県観音寺の藤川繁久氏によって眼視で再発見されます。発見光度は11等級でした。彗星は、この回帰でも近日点通過(T=1978年10月2日)後に発見されました。発見翌日10月10日にはローエル天文台で9等級で観測されています。しかし芸西の関勉氏の写真観測によると、10月11日に11等、16日に13等、31日に15等、11月2日に15.5等、8日に17.5等、9日に18等級と急速に暗くなり、オークリッジ(米国)での12月29日の観測を最後に再び36年間、見失われてしまいました。
さて、本誌2014年8月号にあるとおり、茨城県利根町の古山茂氏が2014年1月28日早朝に「いて座に新星」を発見した同じ日15時10分に東京の佐藤英貴氏から「……。今年(2014年)は25D/ネウイミン第2彗星、72D/デニング・藤川彗星、75D/コホーテク彗星、スキッフ・香西彗星(1977 C1)など見失われた“名うて”の難物たちが続々回帰します。どれかひとつでも見つかって欲しいものです。観測条件は厳しいですが、72Dにはぜひ挑戦しようと思います。……」というメイルが届いていました。『そうか……。氏は、これらの見失われた彗星の捜索を行うつもりなのか』と氏のメイルを読みました。
それから4か月が過ぎた6月5日17時04分に、佐藤氏から2002年に発見された新周期彗星P/2008 Q2を6月3日に検出したという第一報が届きます。しかし、検出確認の第二報が届いたのは6月18日15時19分のことでした。同じ日の朝07時58分には、佐藤氏からは小惑星センター(MPC)と天文電報中央局(CBAT)に送られた一通の観測報告が転送されて届いていました。メイルのサブジェクトは「Observations(recovery of lost comet 72D)」となっていました。この日の朝は、前日夜から降っていた小雨がまだ続いていたために、このとき、私はすでに自宅に戻ってきていました。実のところ、この彗星の再発見は難しいだろうと思っていた私は『えっ、何のことじゃ……。このメイルは……』と思って氏の報告を見ました。
そこには「サイディング・スプリングにある43cm f/6.8望遠鏡を使用して2014年6月18日05時前に撮影した捜索画像上に、1978年の回帰以来見失われていたこの彗星を検出しました。検出時、彗星は16.8等、彗星には集光した25″のコマがあります」という報告と3個の検出位置がありました。もう一人この再発見に驚いたのは、MPCのギャレット(ウィリアムズ)です。佐藤氏からのメイルを受け取ったわずかに23分後の08時21分に、ギャレットから「この天体は、まことしやかに信用できるように見える。センターに報告されてきた観測群をチェックしたが、同一天体は見つからなかった。第二夜目の観測に挑んでくれ」というメイルが佐藤氏に送られてきました。
さっそく1881年と1978年の回帰時の観測との連結を始めました。3回の出現を結んだことになる連結軌道は、すぐ求まりました。連結軌道の残差に問題はありません。そこで09時39分にギャレットとダン(グリーン)と佐藤氏に『連結は問題ない。Satoは、この彗星の再発見に成功した。予報軌道NK 730(=NK 2163、HICQ 2014)からのずれは、赤経方向に-0°.19、赤緯方向に-0°.13で、これは近日点通過日の補正値にしてΔT=+0.23日であった』というメイルを送っておきました。その日の午後15時19分には、すでに先月号で紹介し、さらに上記にも再登場した佐藤氏からのメイルが届きます。そこには「72Dは予報から近い位置に明るく写りました。しかし、国内からの観測はやはり厳しいでしょうか。この彗星は、181Pや222P、255P、300Pのように近日点付近で活発になる彗星と思われます。ただ、現時点の光度はだいぶ明るく、過去の数回帰も同様の光度で回帰しておれば、南半球で見つかっているはずですが……」と書かれていました。氏のメイルはそのあと、さらに先月号で紹介した「P/2008 Q2の検出」に続いていました。そこでその返信として送ったのが先月号に紹介した16時58分のメイルです。そして氏からは、その直後の16時59分にP/2008 Q2の第二夜目と第三夜目の観測がMPCに送られることになります。なお、表題が「Re:72Dの検出」となっていた16時48分のメイルの中に『……。小林くんは、このあと松山の彗星会議に出かけました。「あなたが来ていなかった」と残念がっていました』という内容が含まれていたために大泉の小林隆男氏にも転送されていました。小林氏は、これでこの彗星の再発見を知ることになります。
それから約30分が経過した17時36分には、佐藤氏に『やりましたね。おめでとう。言われるとおりです。これは終末近い彗星で、揮発性物質の濃い部分が表面まばらに所々にしか存在しないのでしょう。そこに太陽光が当たったときに爆発的に増光するものと思います。一夜の観測群の中と小惑星の観測を見ましたがありません。おそらく、1978年以来、初めての増光ではないかと思います。今回の彗星のH10=17.2等です。1978年時の観測の11月上旬のH10=17等ですので、そんなには減光していない(衰えていない)と思います。HICQ 2014に与えてあるH25=15.5等(グリーン)にも、まぁ合っています。今後太陽に近づき、観測が困難になってくるでしょうから、早く公表されて少しでも観測数が欲しいところです。ウィリアムズがちょっと難解な書き方をしていましたが、273P/ポン・ガンバート彗星(本誌2013年7月号と8月号、2014年11月号参照)と同様に、この彗星の1881年の観測をうまく結べていないのでしょう。ウェイティングできるプログラムは、神戸の長谷川一郎氏が見つけた古記録を現在の精測位置の精度を保って、リンクできるようにと日本に戻ってきてから開発したもので、センターにはありません。彼は、今のところ方法が理解できず、作成していないようです。そのうち作成するでしょうが……。では、第二夜の観測に期待しています。今、17時27分に表題(Re:72Dの検出)を見た小林くんから電話がありました』というお祝いを送っておきました。
その5分後、同日6月18日17時41分には、佐藤氏より「P/2008 Q2の残差計算、ありがとうございました。Find_orbの簡易計算では悪い残差傾向が出ていたので、少し不安だったのですが、中野さんのメイルのおかげで自信を持って報告することができました。ところで、6月16日に米国メイヒル郊外にある51cm望遠鏡でC/2013 UQ4の観測を行いました。このとき、彗星のCCD全光度11.9等と測光しました。尾を伸ばして活発そうな姿になってきました。この夏が楽しみです。今年の彗星会議は、近所に引越をしていたため残念ながら参加できませんでした。小林さんとは、ぜひお会いしてお話ししたいものだと思っています。また、P/1997 B1の検出にも携わりたいものです」というメイルが届きます。
そして、18時21分には小林氏より「今年の彗星会議で初めて藤川さんにお会いしましたが、この彗星の再検出を心待ちにしている様子でした。それで、こちらで計算した予報軌道をお送りしたのですが、本当に見つかるとは思いませんでした。藤川さんも大変喜んでくれることでしょう。佐藤さんの二夜目の観測を期待しております」というメイルが届きます。氏のメイルの中には、藤川氏に送られたこの彗星の小林氏の予報軌道がありました。そこには「彗星会議では大変お世話になりました。彗星捜索の大先輩で、本の中でしかお目にかかったことのない藤川さんにお会いでき、さらに、直接お話をうかがうことができたのが彗星会議の最大の収穫でした。特にデニング・藤川彗星発見時のエピソードは、大変興味深く拝聴させていただきました。さて、私は観測(捜索)だけでなく軌道計算も行っております。それで、デニング・藤川彗星の軌道を〈1881年と1978年の観測をリンクし2014年の予報を計算したもの〉と〈1978年の観測のみ使用し2014年の予報を計算したもの〉と2通りの方法で再計算してみました。計算結果は、連結したものの近日点通過が2014年7月11.36日となり、中野さんが計算した予報、2014年7月11.39日と一致します。1978年の出現のみからの結果は、近日点通過が2014年7月7.7日となり、それより近日点通過が約4日早くなります。結論として、異なる観測群を使用したにも関わらず、近日点通過日が良く一致していますので、予報の精度は高いと推察されます。1978年の光度を保っていれば、現在の明るさは14等前後でしょうか。今年こそ、再観測されることを期待しております」という藤川氏に送った私信がついていました。『みんな頑張っているなぁ……。私ももう用済みになってきた……』というのが私の印象でしょうか。
それから約半日が過ぎた6月19日05時10分に、佐藤氏から6月19日04時過ぎに行われた2個の第二夜目の観測が届きます。そこには「彗星は16.3等で、集光した25″のコマが見られた」という報告がありました。そして05時36分に氏から「先ほど、無事に72Dの2夜目観測を行うことができました。このところ、サイディング・スプリングは明け方にかけて湿度が上昇し、観測不能になることが多いのです。今晩も薄い霧が立ち込めている悪条件に見舞われました。観測直後に屋根が強制的に閉まったのですが、観測できたことは幸運でした。そのため、写りは昨日よりだいぶ悪いのですが、測定には十分な像を得ることができました。今後、南半球でも観測条件は厳しくなっていきますが、しばらく追跡を続けていきます。この彗星は、私が生まれた年に再発見された彗星で、昨日は亡父の誕生日でもありました。不思議な縁のある彗星だと思っています」というメイルが届きます。『若いなぁ……。私ははるか昔に生まれている。氏と私は倍ほど年が違うのか』と思いながらそのメイルを読みました。
このとき、私は、自宅で本誌を含む月刊誌の原稿書きに多忙でした。その合間に佐藤氏の第二夜目の観測を加えて、3回の出現を連結してみると、なんら問題なく、すべての観測を結ぶことができました。この連結軌道(NK 2727)は、05時47分に佐藤氏、ダン、ギャレットに送付しました。そして佐藤氏に『はい。よかったですね。今、連結軌道をグリーンに送りました。どうせ似たような軌道をウィリアムズが再計算するのでしょうが……。まぁいいでしょう』という返信を送っておきました。05時51分のことです。06時10分に小林氏からは「これで確定ですね、おめでとうございます。気になるので早起きしたら、朗報が届いていました。本当に良かったです。COMET P/2014 L4=P/2008 Q2(ORY)の検出もCBET 3906で公表されました。これも、おめでとうございます」というお祝いも佐藤氏に送られていました。そして念のためドイツのマイク(メイヤー)に07時29分に『過去の画像を調べてくれないか』という依頼を送っておきました。小林氏からは08時16分に藤川氏に「すでにご存知かもしれませんが、デニング・藤川彗星が検出されました。検出したのは東京の佐藤さん。明るさは16.3等〜16.8等です。今後、どのように振舞うのか。特に光度変化に注目したいです」という彗星再発見の情報が送られていました。
この彗星が再び観測されたことは6月19日13時43分到着のCBET 3908で公表されます。そこには、私の軌道が掲載されていました。それを見た小林氏からは14時30分に「MPECにはウィリアムズの軌道が掲載されているのに、CBETでは中野さんの軌道が採用されていますね。ちょっと違和感を感じます。連結軌道を最初に計算した人の功績をもっと尊重すべきだと思いますが……」というメイルが送られてきました。小林氏の言おうとしているのは、連結軌道の計算(軌道改良)は、皆さんが考えているほど簡単ではないのです。一般に1990年以前に出現した彗星の観測期間はそれほど長くはありません。そのため、出現が大きく離れている場合には、計算されている周期が不確かならば、長期間見失われた間に彗星が何公転したのかもわかりません。正しい軌道で改良しないと、木星などに大きく近づき軌道が改良範囲外に大きく変わり、軌道改良の途中で軌道が発散してしまうことも間々あります。このような2回の出現を連結するときは、試行錯誤して正しい周期の推定から始めなければならないのです。幸いにも、この彗星のように過去に正しい連結軌道が公表されている場合には、それらを省略して、新しい出現を加えて計算できます。それでも、新しい出現の予報軌道からの残差が1°近くある場合、中々うまく連結できません。また、過去の観測には精度の悪いものが多く、現在のCCD観測とは精度格差があります。そのために古い観測には重みを小さくしたり、過去に10個、現在に1000個以上の観測が報告されている場合などは、1個の観測の重みを平等に考慮しなければ、観測を綺麗に表現する正しい軌道が計算できないのです。
それでも、軌道改良は大まかな軌道がすでにわかっているだけ楽なのです。もっとも難しいのは軌道決定です。「プログラムがやってくれるや……」と思って決定した軌道には多重解が存在するため、大きなミスをします。それは、最近のCBETやMPECを注意深く見ていればわかるとおり、軌道決定の初期の軌道は、見ているのも悲しくなるほどまったくでたらめな軌道が平気で掲載されています。これは、限られた観測から正しい軌道を推定することができていないのです。
特に新彗星は、発見されたとき、どのような軌道を動いているか誰も知りません。発見された彗星がこれから暗くなってしまうのか、明るくなって肉眼彗星となるのか。はたまた、地球に衝突することがあるかもしれません。軌道計算の醍醐味は、まさにこの「誰も知らない未知の軌道を最初に決定すること」にあることになります。[この項、次号に続きます]