国産観測装置コンビ、ブラックホールからジェットが噴出する瞬間をとらえる
【2007年3月29日 アストロアーツ】
日本が誇る観測装置、X線天文衛星「すざく」とすばる望遠鏡の同時観測を実現することで、ブラックホールへ流れ込んでいたガスが逆に外へ噴出する「宇宙ジェット」現象の瞬間がとらえられた。日本天文学会2007年春季年会を代表する研究として発表されている。
X線天文学は日本のお家芸で、5代目の国産X線天文衛星「すざく(ASTRO-E2)」は幅広い範囲のX線やガンマ線をこれまでにない精度で観測できる。一方、ハワイに建てられたすばる望遠鏡は世界最大級の口径を持ち、一枚鏡の主鏡と優れた観測装置によって高精度の可視光・赤外線観測を実現している。日本が世界に誇る2つの装置が連携し、初めて同じ天体を同時に観測した。
本研究は上田佳宏・京都大学大学院助教授が率いて、国立天文台、青山学院大学、広島大学などが参加した研究グループによるものである。彼らがこれほどの「ぜいたくな」観測プロジェクトを行ったのは、「マイクロクエーサー」と呼ばれる天体から吹き出す「宇宙ジェット」をとらえるためだ。
「クエーサー」とは、はるか遠方に位置するのにとても明るい天体のこと。その正体は活動的な銀河の中心核であり、太陽の100万倍から10億倍の質量を持つ超巨大ブラックホールが潜んでいると考えられている。周囲のガスは巨大ブラックホールを囲む円盤(降着円盤)を形成し徐々に落下するが、この過程で解放される重力エネルギーが主な光源だ。ところがすべてのガスがブラックホールに吸収されるわけではなく、一部は円盤と垂直な方向へ超高速で噴出することがわかっている。この現象は「宇宙ジェット」呼ばれ、その起源は宇宙物理学最大級の謎とされる。
クエーサーまでの距離はあまりに遠いため詳細な観測は難しい。だが都合の良いことに、クエーサーのミニチュア版がわれわれの天の川銀河に存在する。それがマイクロ(100万分の1)クエーサーだ。マイクロクエーサーの正体もブラックホール(太陽質量の10倍程度)だが、ふつうの恒星と連星をなしていて、恒星からガスを吸収している。ブラックホールの質量、円盤の大きさ、ジェットの長さ、すべてが100万分の1程度だが、それ以外のメカニズムはクエーサーとよく似ている。
マイクロクエーサーを観測することの利点は2つある。1つ目は、降着円盤の内側を高精度で調べることができる点だ。ブラックホールに近づくガスは数億度の高温に加熱されるため、主にX線で輝いている。マイクロクエーサーのX線は、クエーサーのものに比べてはるかに明るい。2つ目は、時間変動のスケールも100万分の1である点だ。クエーサーなら100年待たなければ完結しない現象を、数十分で見られる。
研究グループが2つの観測装置を向けたのは、わし座の方向4万光年の距離にある「GRS 1915+105」と呼ばれるマイクロクエーサーだ。「すざく」がX線で降着円盤を見る一方、すばる望遠鏡はジェットが放出する近赤外線を観測した。
X線の観測結果からは、GRS 1915+105の降着円盤が10分間隔で急に暗くなることがわかる。これは以前から知られている現象で、降着円盤にたまった高温ガスが一気にブラックホールへ落ち込むことに対応している。よく「ししおどし」に例えられるメカニズムだ。ししおどしの場合は、竹筒に水がたまると、竹筒が傾いて一気に水を放出し、再び元の位置に戻る状態を繰り返すが、これを降着円盤とガスに置き換えればよい。
一方、赤外線は、X線が暗くなるのと同時に明るくなるようすがとらえられた。つまり、降着円盤のガスがブラックホールへ落ち込むその瞬間、ししおどしが傾いたときに鳴り響く音のように、ジェットが噴出しているらしい。また、赤外線が数秒という短時間のうちに変動していることから、限りなくブラックホールに近い「ジェットの根元」を観測していると考えられる。いずれも世界初の快挙だ。
ブラックホールへ流れ込んでいたガスが、次の瞬間に外へ超高速で吹き出す基本的な原理は、依然として不明である。だが、ジェットの噴出と降着円盤を結びつけた本研究は大きなステップになるだろうと上田助教授はみている。また、それを可能にしたのは「すざく」とすばる望遠鏡の同時観測である。上田助教授は、異なる波長の観測装置が連携することは現代天文学においてますます重要になるだろうと付け加えた。