生命をかたちづくったアミノ酸の謎に迫る

【2010年4月9日 国立天文台

オリオン座大星雲(M42)の星形成領域に、円偏光という特殊な光が太陽系の大きさの400倍以上にまで広がっていることが明らかになった。特殊な光は、地球上の生命のもととなるアミノ酸が「左型」である原因のひとつとして考えられており、原始太陽系はオリオン座大星雲のような星形成領域で形成され大規模な円偏光に飲み込まれた可能性が示された。


(アミノ酸の一種であるアラニンの構造のイラスト)

アミノ酸の一種であるアラニンの構造。左型と右型は互いに鏡像関係にあり、左型を回転させても右型には一致しない。左型アラニンの左上の赤い球が3つ付いている枝の部分に着目して回転させてみると、一致しないことがわかる。クリックで拡大(提供:国立天文台、以下すべて同じ)

(左手前に進行する円偏光のイメージ図)

左手前に進行する円偏光のイメージ図。青い矢印は電場、赤線は電場の振動を示す。クリックで拡大

(オリオン座大星雲の円偏光の赤外線観測結果)

オリオン座大星雲の円偏光の赤外線観測結果(黄色:観測者から見て光(電磁波)の電場ベクトルが左回り(反時計回り)に回転している円偏光、赤色:右回りの円偏光)。クリックで拡大

(大質量星形成領域の円偏光とそこで生まれた原始太陽系のイメージ図)

大質量星形成領域の円偏光とそこで生まれた原始太陽系のイメージ図(中央:大質量星、赤色と薄黄色:それぞれ逆方向の円偏光、左上の小さい円盤:片方向の非対称な円偏光に飲み込まる原始太陽系)。クリックで拡大

地球上の生物の基本的な構成物質であるタンパク質は、アミノ酸から構成されている。アミノ酸は原子が立体的に組み合わさった分子で、左手と右手のように互いに鏡像関係にあるもの(鏡像異性体)が存在する。アミノ酸の鏡像異性体はL型(左型)とD型(右型)に分類され、通常はほぼ等量生成されることが知られている。

しかし、地球上の生命を構成しているアミノ酸は、ほとんどが左型になっている。このアミノ酸の鏡像異性体の偏りは、生命の起源と関わりがあるのではないかと注目されてきた。そのような偏りをもたらす原因として、宇宙空間で起きるある化学反応が挙げられている。

それは、円偏光(注)という特殊な光に照らされた状況で起きる化学反応である。1998年にオリオン座大星雲の中心領域で強い円偏光が検出されたが、当時の技術では観測できる領域が狭く、弱い円偏光の検出が難しかったなどの理由で、その全貌を明らかにすることができなかった。

日米英豪の共同研究グループは、南アフリカ天文台サザーランド観測所(Sutherland、SAAO)のIRSF望遠鏡に搭載されている、広い領域の偏光をとらえることができる近赤外線偏光観測装置「サーポル(SIRPOL)」を使ってオリオン座大星雲の中心領域を観測した。その結果、太陽系の大きさのおよそ400倍以上に相当する円偏光の広がりが発見された。これまでに、これほど広範囲に広がった円偏光が見つかったことはなかった。

この円偏光の強い領域は、オリオン座大星雲でも有名な大質量星形成領域に位置する。この領域では複数の大質量星が生まれつつあると考えられているが、実は地球上の隕石の分析・研究から、太陽系の近くにはかつて大質量星が存在していたことが示唆されている。また、複数の隕石中のアミノ酸を分析した結果、鏡像異性体に偏りがあることもわかっている。

研究グループでは、過去に行われてきた研究や今回の発見をもとに、次のようなシナリオを推察している。太陽系はオリオン座大星雲のような大質量星形成領域で形成され、その後今回発見されたような大規模な円偏光に飲み込まれた。そして片方向の円偏光の照射を受けた結果、アミノ酸に鏡像異性体異常が起こり、左型アミノ酸に偏ることとなった。それが後に隕石によって地球に持ち込まれた、というものだ。

今回の発見は、地球上の生命の起源に迫る重要な知見をもたらし、宇宙生物学という新しい分野においても意義のある成果の1つとなった。

(注)光は電磁波の一種で、電場と磁場が振動し空間を伝わっていく。その光が雲によって散乱されると偏光が生じるが、円偏光とは光の振動の特殊な状態をいう。光の振動の軌跡が円を描く場合を円偏光と呼び、右回り円偏光と左回り円偏光がある。