ブラックホール周囲から吹く時速約3200万kmの風
【2012年2月27日 NASA】
ブラックホール周囲から吹き出す激しい風。X線天文衛星「チャンドラ」の観測から、時速約3200万kmという観測史上最速のものが発見された。
高速風が観測されたのは、ブラックホールと普通の恒星の連星系「IGR J17091」だ。さそり座の方向およそ2万8000光年のかなた、天の川銀河の中心付近にある。この連星系では、恒星のガス物質はブラックホールの重力に引っ張られ、その周囲に渦を巻きながら(降着円盤)飲み込まれていく(画像)。
NASAのX線天文衛星「チャンドラ」の観測から、この降着円盤から吹き出す風が、恒星質量ブラックホール(注)としては観測史上最速の時速約3200万kmということがわかった。これまでの記録の10倍近く、また超大質量ブラックホール由来のものと比べても最速の部類に入るという段違いのスピードだ。
2ヶ月前の「チャンドラ」のデータにはこの高速風の兆候はなく、断続的なものとみられるほか、広い角度の方向に吹いていることもわかっている。
また、ブラックホールが吸い込むよりもこの風により吹き出す物質の量の方が多いという意外な発見もあった。「ブラックホールといえば近づく物全てを飲み込むというイメージがありますが、私達の研究では、この降着円盤に含まれる物質の95%が風と共に吹き飛ぶという計算になります」(米ミシガン大学のAshley King氏)。
多くのブラックホールではこうした風とはまた別に、降着円盤から南北方向に吹き出すビーム状のジェットの存在が知られている(参照:2011/9/26「不規則に変動するブラックホールのジェット」)。米国立電波天文台(NRAO)の観測で、IGR J17091においてもこうした電波ジェットは時折見られるが、今回の高速風が観測された時は「お休み」していたという。こうした関連性は他の恒星質量ブラックホールでも見られるもので、「風が吹けばジェットがなくなる」という法則がもしあるとするなら、今回の観測が新たな1例となる。
このような風やジェットは、降着円盤の磁場が作りだすものと考えられている。磁場の形状や、ブラックホールが物質を飲み込む速度次第で、風とジェットのどちらが吹くのかが切り替わるようだ。
今回の発見で、恒星質量ブラックホールの周囲では何が起こっているのかを解き明かす重要な手がかりがまたひとつ得られた。
注:「恒星質量ブラックホール」 ブラックホールの一種で、太陽の5〜10倍の質量を持つ。質量の重い星が重力崩壊して超新星爆発を起こしたあとにできる。他には「中間質量ブラックホール」(太陽の数千〜数十万倍)や、多くの銀河の中心核に存在する「超巨大(超大質量)ブラックホール」(太陽の数百万〜数億倍)がある。