2. 天球と座標系
私たちの住む「地球」が球体であることはご存じのとおりですが、普段の暮らしの中では、そのことはほとんど意識せずにいます。
今、広い野原の真中に立って夜空を見上げているとしましょう。頭の上にはたくさんの星々が輝いています。星までの距離は様々ですが、非常に遠くにあるため、「この星は近い」とか「この星は遠い」といった距離感は感じられません。そのため、星たちは大きな球体の内側に貼り付けられているかのように見えます。この大きな球体を天球といいます(図1)。
恒星だけでなく、太陽や月、惑星などもこの天球面を移動していくように見えます。
地球はこの天球の中心に位置しています。そして、私たちのいる野原の真中からは天球面のほぼ半分が見えていて、残りは「地平線」の下にあることになります。私たちの頭の真上に伸ばした線が天球面と交わる点を天頂といい、真下に伸ばした線が(地面を貫いて)天球面と交わる点を天底といいます(図2)。
そして、この天球上にある天体の位置を表すためにいくつかの座標系が考えられました。次に主な座標系についてひとつずつ説明していくことにしましょう。
地平座標
さて、実際に空にある星の位置をあらわす最も簡単な方法は、方向と高さを用いるものでしょう。例えば、
「西のほうの空の低いところに月が見えている」
「南の中天にオリオン座が昇っている」
「松の湯の煙突のすぐ上に明るい星が見えていた」
などのような表現方法です。
これらのうち、「西のほう」「南」「松の湯」という部分が「方向」をあらわし、「低いところ」「中天」「煙突のすぐ上」という部分が「高さ」をあらわしているわけです。
地平座標は、これらの表現とまったく同じ方法で、星々の位置を表す座標系です。ただし、「西のほう」「南」「松の湯」、あるいは「低いところ」「中天」「煙突のすぐ上」といったあいまいなものではなく、基点を定めたうえで数値で表現するようにしたものです(図3)。
このように、地平座標は方位(方向:Azimuth)と高度(高さ:Altitude)をあらわす2つの数値からなる座標系です。
方位は南を基点(0゚)とし、西回りに360゚までの数字であらわします。ですから真西が90゚、真北が180゚、真東が270゚となります。高さは水平線を基点(0゚)とし、天頂(頭の真上)方向に+90゚まで、天底方向に-90゚までの数字であらわします。
「方位85゚、高度10゚に月が見えています。」
「方位355゚、高度55゚にオリオン座が昇っています」
「方位265゚、高度13゚に明るい星が見えていた。」
というふうに、表現することになるわけです。
※方位角は、北を基点(0゚)とし、東回りに360゚までの数字であらわす方法もあります。この場合、真東が90゚、真南が180゚、真西が270゚となります。
赤道座標
さて、地平座標は感覚的で非常にわかりやすい座標系ですが、残念なことに星の位置は時間と共に変化してしまいますから、絶対位置を示す別の座標系が必要となります。それが、赤道座標です(図4)。
赤道座標は、星の絶対位置をあらわすために用いられる、地球の自転を基準とした座標系で、「赤経(せきけい:αまたはR.A.= Right Ascensionの略)」、「赤緯(せきい:δまたはDecl.= Declinationの略)」と呼ばれる2つの数値であらわされるものです。
地球の自転軸を北に伸ばし天球と交わる点を「天の北極」、南に伸ばし天球と交わる点を「天の南極」とします。これに、地球上の経度、緯度線をそのまま天球上に貼りつけたものと考えればいいでしょう。
赤緯は赤道面を基点(0゚)とし、南(-)北(+)にそれぞれ90゚までの数値であらわします。天の北極は+90゚、天の南極は-90゚となるわけです。 赤経は春分点(太陽が天の赤道を南側から北側へ横切る点)を基点(0゚=0時)に、東回りにはかり、15゚=1時、15'=1分、15"=1秒として24時までの数値であらわします。
さて、赤経の基点とした春分点や、赤緯の基点とした赤道面は、歳差運動(地球の地軸の移動による首振り運動)や章動によってわずかずつですが移動しています。ですから、その時点での見かけのものを視赤経・視赤緯(視位置)と呼び、変動分をならしたものを平均赤経・平均赤緯と呼んでいます。
1991年までは、西暦1950.0年(B1950.0)に基づいた平均赤経、平均赤緯(1950年分点)が主に用いられてきましたが、1992年からは西暦2000.0年(J2000.0)に基づいたもの(2000年分点)に改められました。
全天一の明るさを持つ恒星である、おおいぬ座のα星シリウスの位置を1950年分点、2000年分点で表記すると次のようになります。
シリウス(αCMa) α= 6h42.9m δ= -16゚39' (B1950.0)
シリウス(αCMa) α= 6h45.2m δ= -16゚43' (J2000.0)
黄道座標
地球から見ると太陽は1年かかって背景の星空に対して天球上を1周しているように見えます。太陽は、この間に12の星座(現代の境界線に従うと13星座になるのですが……)を通過していきます。星占いで有名な12の星座たちです。
この太陽の通り道を黄道と呼び、黄道面を基準とした座標系を黄道座標といいます(図5)。
太陽系の各惑星の軌道平面はほぼ一致していますから、地球から見た惑星も太陽と同じように、黄道に沿って動いているように見えます。ですから、主として惑星や月など太陽系天体の軌道や位置をあらわす際に使われる座標系です(図6)。
黄道座標の経度は「黄経(こうけい:λ)」、緯度は「黄緯(こうい:β)」と呼ばれています。黄経は赤経と同じく春分点を基点(0゚)として東回りに360゚までの数値であらわされます。黄緯は黄道を基点(0゚)とし、南(-)北(+)にそれぞれ90゚までの数値であらわされます。黄道北極は+90゚(りゅう座の方向)、黄道南極は-90゚(かじき座の方向)となります。
座標の原点を太陽中心でとったものを日心黄道座標、地球中心でとったものを地心黄道座標といいます。また、黄道座標も赤道座標のように基点である春分点の移動によって変化していきます。なお、ステラナビゲータでは地心黄道座標に基づいた視黄経・視黄緯を用いて表示しています。
銀河座標
銀河座標は銀河系(天の川銀河)内の天体の分布や運動をあらわすときに用いられ、銀河面と呼ばれる基準面(ほぼ天の川の流れの中心に沿って全天を1周しています)を基点とした座標系です(図7)。
銀河座標の経度は「銀経(ぎんけい:l)」、緯度は「銀緯(ぎんい:b)」と呼ばれています。銀経はいて座にある強力な電波源いて座Aと、銀河北極とを結ぶ大円と銀河面との交点を基点(0゚)として東回りに360゚までの数値であらわされます。銀緯は銀河面を基点(0゚)とし、南(-)北(+)にそれぞれ90゚までの数値であらわします。銀河北極は+90゚(かみのけ座の方向)、銀河南極は-90゚(ちょうこくしつ座の方向)となるわけです。
なお、ステラナビゲータでは、現在使用されているII系と呼ばれる銀河座標を用いています。