プランクの最終版CMBデータ公開
【2018年7月24日 ヨーロッパ宇宙機関】
誕生直後の宇宙に存在した熱放射の名残は、「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」として天球上のあらゆる方向で観測される。この放射の温度が天球上の場所ごとにわずかに異なる様子を測定することで、宇宙の年齢や膨張速度、歴史や組成を知ることができる。CMBの全天画像はいわば「宇宙の設計図」のようなものだ。
CMBの全天サーベイはNASAによる1990年代初めの「COBE」と2000年代の「WMAP」という2つの天文衛星により行われ、それぞれ似たような画像が得られていた。その後、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)によって2009年に打ち上げられた天文衛星「プランク」は、さらに高精度で鮮鋭なCMBの全天サーベイを行った。
2013年に初めて公開されたプランクのデータはCMBの温度データのみで、ミッションの最初の2回の全天サーベイの結果しか含まれていなかったが、標準的な宇宙モデルの正しさを裏付けるものだった。私たちの予想とプランクの観測データは、標準宇宙モデル以外の結論を導きようがないほどよく一致していた。プランクは私たちに「ほぼ完璧な宇宙」のモデルを示したのだ。「ほぼ」完璧と呼ばれる理由は、プランクのデータにはいくつかの問題点がまだ残っているためだ。これらの問題を解明することが将来の研究の目標になるだろう。
最初のデータ公開から5年が経った今年、プランクミッションでは最終版のデータを公開した。これは「レガシー(=遺産)データリリース」と呼ばれている。データから導かれる結論はこれまでと変わらず、標準宇宙モデルやインフレーション宇宙のシナリオをより強く支持するものとなっている。
「今回のデータはプランクの最も重要な遺産です。現在のところ宇宙論の標準モデルはすべてのテストをパスしていて、プランクの観測結果もそのことを示しています」(ESA プランクプロジェクトサイエンティスト Jan Tauberさん)。
プランクは全天のCMBの温度だけでなく、その「偏光」も測定している。CMBの偏光は初期宇宙で光と物質粒子が最後に相互作用していたころの痕跡を伝えるもので、宇宙の歴史やその最初期についての情報を持っている。
2015年に公開された2回目のデータには、プランクによる8回の全天サーベイ全ての結果が盛り込まれ、温度に加えて偏光のデータも提供されたが、このときの偏光データの一部は宇宙論の精密な議論に使えるほど質が良いものではなかった。今回の2018年レガシーデータリリースで大きく変わったのがこの偏光データで、新たに処理し直すことで質が改善されている。
「今や私たちは、温度データだけからでも、偏光データだけからでも、あるいは温度と偏光の両方からでも宇宙論モデルを引き出すことができますし、それらはすべて一致しています」(伊・フェラーラ大学 Reno Mandolesiさん)。
しかし、現状のプランクのデータには奇妙な点もいくつかあり、宇宙論学者はこれを「tensions(緊張、不安)」と呼んでいる。その一つが、宇宙膨張の速度を表す「ハッブル定数」に関する問題である。
ハッブル定数を測定するための伝統的な方法は、天体の見かけの明るさと、何らかの方法で見積もった真の明るさとを比較して決めた天体の距離から求めるというものだ。この方法によりNASAのハッブル宇宙望遠鏡やESAの天文衛星「ガイア」などで得られたハッブル定数の値は73.5km/s/Mpcで、誤差はわずか2%だ。
もう一つの方法は、CMBの画像に最も良く合うような宇宙論モデルを用いるというものだ。これは誕生した直後の宇宙を観測して現在のハッブル定数を導く手法で、プランクのデータに当てはめると、ハッブル定数の値は67.4km/s/Mpcになる。こちらの誤差も1%以下しかない。
原理的には、この2つの値は誤差の範囲内で一致しなければならないが、実際は異なっている。これがプランクのデータにまつわる「不安」である。「この不一致を説明できるような原因は一つもありません。おそらく、何か新たな物理が存在するのではないかと思います」(伊・ミラノ大学 Marco Bersanelliさん)。
新たな物理とは、風変わりな未知の粒子や力がハッブル定数に影響しているということだ。こうした考え方は魅力的だが、プランクの結果から、こうした説には厳しい制限が付いている。プランクの観測データは大多数の観測と非常に良く合っているからだ。結果として、2つのハッブル定数の食い違いについて十分な説明を思い付いた人はまだおらず、疑問は未解明のままになっている。
「今は新たな物理を見つけることに興奮しすぎてはいけません。こうした比較的小さな不一致は、小さな誤差と局所的な効果を組み合わせることで説明できることもよくあります。ただし、測定結果を改善し、この不一致を説明できるより良い方法を考え続ける必要はあるでしょう」(Tauberさん)
(文:中野太郎)
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