宇宙背景放射を使って遠方銀河周辺のダークマターを検出
【2022年8月3日 東京大学宇宙線研究所】
私たちから見て遠方の銀河と近傍の銀河が同じ方向にあると、奥の銀河の像がゆがんで見えることがある。これは、手前の銀河の周りにあるダークマターの重力がレンズのように働いて、奥から来た光を曲げるからだ。ダークマターは電磁波では直接観測することができない正体不明の物質だが、このような重力レンズ効果を利用することによって銀河周辺のダークマターが検出できる。
この手法では、遠方の銀河を利用して近傍の銀河周辺のダークマターはとらえられても、遠方の銀河自身のダークマターについては情報が得られない。さらに奥に別の銀河があれば話は別だが、遠くなるほど観測できる銀河の数は少なくなるため、可能性は低い。これまで銀河周辺のダークマターの分布が調べられたのは、約80億年前までの宇宙に限られる。
そんな中、名古屋大学素粒子宇宙起源研究所の宮武広直さんたちの研究チームは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ「ハイパー・シュプリーム・カム(HSC)」の可視光線観測データと宇宙背景放射観測衛星「プランク」のマイクロ波観測データを組み合わせることで、約120億年前の遠方宇宙における銀河周辺のダークマターを検出することに世界で初めて成功した。
すばる望遠鏡では、計330夜をかけて全天の約30分の1の天域をHSCで観測する戦略枠プログラム「HSC-SSP」を2014年から実施している。研究チームはHSC-SSPの撮像データから120億年前の銀河を約150万個検出し、大規模な遠方銀河サンプルを作成した。そして背景の光源として銀河を使う代わりに、ビッグバン直後に宇宙が熱く輝いていたときの名残である宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を利用した。
宮武さんたちはCMBに生じた重力レンズの影響から銀河周辺のダークマターの分布を調べ、ダークマターを含む銀河の質量を求めた。その結果は、銀河の密集度合いから推定した先行研究の質量と、誤差の範囲で一致している。
ダークマターの分布から、宇宙論における基本的な定数の一つで、密度ゆらぎの振幅(物質の分布のムラ)を表すσ8を推定することができる。今回得られた120億年前の宇宙構造からは、CMBそのものと標準宇宙論の組み合わせから予測されるσ8より小さな値が得られ、宇宙が従来の予想よりもなめらかである可能性が示された。これまで行われてきた約80億年前までの近傍宇宙の観測的研究でもσ8が小さい可能性が示唆されており、これを支持する結果である。
ただし、今回の分析結果は統計的に十分な精度とは言えず、更なる検証が必要とされる。今回用いられたサンプルはHSC-SSP全探査領域の3分の1のみを利用したものだ。研究チームでは今後、HSC-SSPの全探査領域のデータや次世代望遠鏡などを用いて、より統計精度の高い測定の実現を目指している。
〈参照〉
- 東京大学宇宙線研究所:120億年前の銀河周辺のダークマターの存在を初検出!宇宙は予想外になめらかだった?~多波長観測が描いた遠方宇宙の姿~
- Physical Review Letters:First Identification of a CMB Lensing Signal Produced by 1.5 Million Galaxies at z∼4: Constraints on Matter Density Fluctuations at High Redshift 論文
〈関連リンク〉
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