バリオンとニュートリノも考慮した過去最大の宇宙論シミュレーション
【2023年10月31日 ライデン大学】
現在の宇宙論では、宇宙の大規模構造が生まれた歴史は「Λ-CDMモデル」というモデルで説明されていて、宇宙の性質は現在の膨張率(ハッブル定数)や物質・ダークマター・ダークエネルギーの比率など、6個ほどのパラメーター(宇宙論パラメーター)で表されている。
この宇宙論パラメーターは観測で精密に求められているが、その観測値には未解決の問題がある。ハッブル定数など一部の宇宙論パラメーターで、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の観測から導いた値と、銀河の距離測定から導いた値、あるいは銀河団が遠くの銀河の形を歪める「弱い重力レンズ効果」の観測から導いた値とがなぜか一致しないという謎だ。これは宇宙論パラメーターをめぐる「テンション(tension; 緊張、対立)」と呼ばれ、素粒子物理学の「標準模型」を超える物理が関わっているとか、これまでの観測に未知の系統誤差が含まれているといった原因が考えられている。
この謎を解くには、ビッグバン以降の宇宙の構造形成をコンピューターでシミュレーションし、観測とシミュレーション結果を比べることも重要だ。しかし、これまでの構造形成シミュレーションは、主にダークマター同士の重力だけを計算するものが多かった。大規模構造などの大きなスケールで働く力は重力だけであり、しかも宇宙に存在する重力源の8割以上はダークマターだからだ。
一方、オランダ・ライデン大学のJoop Schayeさんたちの研究チームは、ダークマターだけでなくバリオン(=星やガスなどの普通の物質)やニュートリノも考慮した大規模な構造形成シミュレーションプロジェクト「FLAMINGO」を進めており、今回、その最初の結果が発表された。
「重力を支配しているのはダークマターですが、普通の物質の寄与も決して無視することはできません。普通の物質が、モデルと観測結果の『ずれ』に似た効果を生むかもしれないからです」(Schayeさん)。
しかし、構造形成の計算にバリオンを加えるのは非常に難しい。バリオンには重力だけでなく圧力も働き、活動銀河核や超新星爆発によって銀河の物質が「銀河風」となって銀河間空間に放出され、これが銀河の星形成を促進したり抑えたりする。だが、こうした現象のスケールは重力の計算に使われる粒子や格子1個のサイズよりずっと小さく、具体的にどんな効果を及ぼすかもよくわからないのだ。
さらに、宇宙に存在するニュートリノもわずかながら質量を持つため、精密な計算を行うにはニュートリノも考慮する方がよいが、ニュートリノ自体の質量や構造形成に与える影響もわかっていない。
そこでSchayeさんたちは、銀河風の強さやニュートリノの質量などのパラメーターを様々に変え、銀河に含まれる星の質量やガスの割合などの観測結果を最もよく再現できるパラメーターのセットを探した。この作業には機械学習の手法が使われた。
そして、この作業で得られたパラメーターを使ってダークマターの重力計算とバリオン・ニュートリノの流体計算を組み合わせ、宇宙の進化を再現した。最大のシミュレーションでは、ダークマターとバリオンをそれぞれ約1280億粒子、ニュートリノを約219億粒子で表現し、1辺が約91億光年の立方体の空間で計算を行った。これはバリオンを入れた大規模な宇宙論的流体シミュレーションとしては過去最大だ。
今回発表された最初の結果によると、バリオンとニュートリノを考慮することが重要であることはわかったものの、銀河風など、バリオンが関わる効果は宇宙論パラメーターのテンションを解消できるほど大きくはないことが判明したという。
〈参照〉
- Leiden University:FLAMINGO: dark matter, ordinary matter, and neutrinos in the biggest cosmological simulation ever
- DiRAC:Biggest ever supercomputer simulation to investigate Universe’s evolution
- MNRAS:論文
〈関連リンク〉
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