世界最高感度でダークマターの寿命の下限を推定

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近赤外線高分散分光器「WINERED」を用いた矮小楕円体銀河の観測から、ダークマターが崩壊して光子を放出する寿命の下限値が推定された。

【2025年2月21日 東北大学

ダークマターは電磁波では直接観測できないが、銀河の回転曲線や銀河団の運動などを調べる事により、その存在が確立されている。しかし、正体や質量、相互作用の様子などは未解明のままだ。

ダークマターが宇宙の始まりである「インフレーション」を誘発させたとする「ALP miracle」と呼ばれるシナリオでは、近赤外線輝線へ稀に崩壊する「アクシオン」(ダークマター候補の一つとされる仮想粒子)が予言されている。この現象には複数の独立な観測的示唆があり、有望な仮説とされる。

もし、ダークマターの稀な崩壊による近赤外線光子を検出できれば、様々な候補を同時に検証することができる。しかし、近赤外線観測では熱輻射や黄道光といった背景が明るいため、その淡い光の探索は困難と考えられてきた。

東京都立大学の殷文さんたちの研究チームは2022年に、高分解能赤外線分光器を用いることで連続光である背景光が暗く見えることを利用した、ダークマターの崩壊で生成される線スペクトルを直接検出(または制限)する新しい手法を提案した(Bessho, Ikeda, Yin, 2022)。

今回、殷さんたちは、チリのマゼラン望遠鏡に搭載されている近赤外線高分散分光器「WINERED」を用いて、矮小楕円体銀河というダークマターが高密度に存在する天体を対象に観測実験を行い、その手法の有効性の実証を試みた。WINEREDは東京大学と京都産業大学が中心となって開発した装置で、近赤外線領域において現在世界一の感度を誇る装置だ。

WINERED
マゼラン望遠鏡に搭載されている近赤外線高分散分光器WINERED(手前の赤い箱)(提供:神山宇宙科学研究所)

観測対象には矮小楕円体銀河「しし座V(Leo V)」と「きょしちょう座 II(Tucana II)」が選定され、計約4時間の観測が行われた。

矮小楕円体銀河「きょしちょう座II」付近
矮小楕円体銀河「きょしちょう座II」付近。この銀河に属する星々はきわめてまばらで暗いため、この画像では銀河の形はほとんどわからない(提供:Anirudh Chiti, MIT

そのデータの解析から、ダークマターが崩壊して別の粒子に変化するまでの時間、つまりダークマターの寿命が、宇宙年齢である138億年の約107-8倍以上の、1025-26秒以上であることが示された。この値は、ハッブル宇宙望遠鏡の観測データ解析から得られていた既存の上限を塗り替えるものとなる。

観測データから得られたダークマター寿命の下限
観測データから得られたダークマター寿命の下限。異なる色はダークマター分布のモデルの差異を表し、範囲はモデルの不確実性による(提供:東北大学リリース)

今回の研究成果は、わずか4時間弱の観測で、世界最高感度でダークマターの寿命の下限の推定に成功したものであり、「ダークマターの正体解明」への大きな一歩となるものだ。また、赤外線分光という観測手法がダークマターの正体に迫る上で有効であることや、素粒子物理学や宇宙物理学上の理論検証実験に赤外線天文学の観測を用いるという新たなアプローチを示した点でも、その意義は大きい。

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