ガンマ線観測でダークマター粒子の性質をしぼり込む新成果
【2023年2月13日 東京大学宇宙線研究所】
宇宙には、光で見える星や銀河などの「普通の物質」の他に、重力を及ぼすが光では観測できない「暗黒物質(ダークマター)」が普通の物質の約5倍も存在している。暗黒物質の正体はいまだ謎だが、素粒子物理学の「標準模型」には含まれない未知の粒子だという説が有力だ。
現在、暗黒物質を探索する研究は主に3つの方法で行われている。1つめは、粒子加速器で普通の粒子同士を加速・衝突させて暗黒物質粒子を生み出す実験だ。2つめは、キセノンなどの普通の粒子を大量に用意し、私たちの周りに存在する暗黒物質粒子のごく一部がまれに普通の粒子と衝突して発生する反応を検出しようという「直接探索」実験で、日本の「XMASS」やイタリアの「XENON1T」などたくさんの実験が行われている(参考:「XMASS実験で、「Super-WIMP」がダークマター候補から外れる」/「未知の素粒子「アクシオン」か、予想より多い電子反跳を検出」)。
そして3つめの手法が、暗黒物質粒子同士が衝突して普通の粒子が生み出される現象をとらえる「間接探索」だ。たとえば、2個の暗黒物質粒子が対消滅して2個のガンマ線光子が作られる現象などを検出する観測が行われている。暗黒物質の有力候補と考えられている「WIMP」(弱い相互作用をする重い粒子)というタイプの粒子の場合、質量が数GeV(ギガ電子ボルト)から数TeV(テラ電子ボルト)と予想されており、対消滅が起こると、このエネルギーに相当するガンマ線が発生するはずだ。
暗黒物質にも重力は働くので、銀河の中心部や銀河団など、普通の物質が集まっているところには暗黒物質も集中していると考えられる。そこで、スペイン・カナリア諸島ラパルマ島にある大気チェレンコフ望遠鏡「MAGIC」を使い、天の川銀河の中心部から放射されるガンマ線を検出して暗黒物質の証拠を見つける観測が日本・ドイツなどの国際研究チームによって続けられている。
MAGICでは、宇宙から届く高エネルギーのガンマ線光子が地球大気の原子核と衝突して生まれる大量の二次宇宙線粒子が出す、かすかな「チェレンコフ光」をとらえる。今回、MAGICで2013~2020年まで天の川銀河の中心部を観測したデータの解析結果が新たに発表された。
MAGICは北緯28度にあるため、天の川銀河中心(赤緯-29度)は常に33度以下の高度にしかならず、この方向から来るガンマ線は低い角度で地球大気の中を長く進む。そのため、MAGICは高エネルギーのガンマ線まで高い感度で検出できる。今回の観測では、1~100TeVという比較的重い暗黒物質粒子について、これまでにない感度で探索することができた。
その結果、暗黒物質粒子の対消滅によるガンマ線は検出されなかったものの、対消滅の断面積(対消滅のしやすさを表す指標)を、これまでで最も小さな上限値までしぼり込むことができた。とくに、質量が1TeVを超える範囲は加速器や地上実験などこれまでの実験では十分な精度で探索できておらず、この範囲の質量を持つ暗黒物質粒子について、高い精度で上限値を決めたのはこれが初めてだ。
こうした研究を積み重ねることで、銀河中心の暗黒物質の分布や、標準模型を超える素粒子のモデルを検証することにも役立つと研究チームでは考えている。
MAGICが設置されているカナリア天体物理観測所では、口径23mとさらに大型の「チェレンコフ望遠鏡アレイ(CTA-LST)」の建設も進んでいる。これらが稼働すれば、さらに一桁高い感度で暗黒物質の性質に迫ることができるだろう。
「本研究では残念ながら新粒子は見つかりませんでしたが、天の川銀河中心というユニークな観測天体を用いた素粒子物理学研究の可能性を示せたと思います。今後も開発中の次世代望遠鏡を用いて、暗黒物質の発見に向けて研究を継続していきたいと考えています」(東京大学宇宙線研究所 稲田知大さん)。
〈参照〉
- 東京大学宇宙線研究所:巨大望遠鏡で狙う暗黒物質からの“光” ー 天の川銀河中心観測で解き明かす宇宙暗黒物質の起源と正体
- Physical Review Letters:Search for gamma-ray spectral lines from dark matter annihilation up to 100 TeV towards the Galactic Center with MAGIC 論文
〈関連リンク〉
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