ダークマターの塊が天の川銀河を貫通した痕が見つかった
【2024年6月10日 国立天文台 野辺山宇宙電波観測所】
私たちが属している天の川銀河は、直径約10万光年の円盤部と中心のバルジ、それらを取り囲む直径約30万光年のハローで構成されている。円盤部分には主に星と星間ガスがあり、水素分子を主成分とする濃い星間ガス雲は分子雲と呼ばれている。一方、ハローにはダークマター(暗黒物質)が広がっていて、その中を球状星団や矮小銀河、希薄な水素原子雲などのハロー天体が飛び交っている。
ハロー部分のダークマターは一様に分布しているのではなく、様々なハロー天体を取り囲むようにして、ダークマターが特に集中した「暗黒物質サブハロー」がたくさん存在すると考えられている。しかし、初期宇宙でダークマターの密度ゆらぎから銀河や銀河団、大規模構造などが生まれる様子をシミュレーションした結果と実際の観測結果とを比べると、天の川銀河に存在するはずの暗黒物質サブハローの数に比べて、現実の矮小銀河の個数は圧倒的に少ない。この不一致は「ミッシング・サテライト問題」と呼ばれている。
慶應義塾大学の横塚弘樹さんたちの研究チームは、野辺山45m電波望遠鏡で2014年から2017年に実施された天の川の分子雲サーベイプロジェクト「FUGIN」の観測データを使い、天の川銀河の分子雲の中でも特に大きな速度を持つものを探査した。すると、特異な分子雲が見つかった。
この分子雲「CO 16.134-0.553」はたて座の方向約1万3000光年の距離にあり、視線方向の速度が約40km/sという大きな速度幅を持っているが、星団などの対応天体は特に付随していない。穏やかな環境にある普通の分子雲は速度の幅が数km/sだが、それと比べて非常に高速だ。そのため、未知の天体がこの分子雲に運動エネルギーを与えたのではないかと考えられた。
野辺山45m電波望遠鏡でこの分子雲を追観測したところ、CO 16.134-0.553は約15光年×3光年のサイズを持ち、その力学的エネルギーが太陽光度の780倍にも達することや、視線速度が異なる2つの雲がつながったような構造をしていること、過去に強い星間衝撃波を受けた痕跡が残されていることがわかった。
そこで、FUGINサーベイのデータから改めて分子雲の周辺の環境を調べたところ、実はこの分子雲は直径約50光年の膨張する球殻(シェル)構造の一部で、シェルの端にCO 16.134-0.553と似た分子雲が複数存在することが明らかになった。
さらに、中性水素原子が放射する電波(21cm線)で天の川銀河を全天サーベイしたデータを使って広範囲の構造を調べると、この分子雲がある位置に直径約230光年の巨大な原子ガスの空洞が存在し、その下に長さ約900光年×幅約230光年のフィラメントが存在することもわかった。
これらのシェル・空洞・フィラメントは天の川銀河を上から下に貫くように一直線上に並んでいて、あたかも、かつて銀河ハローから降ってきた何らかの天体が天の川銀河の円盤を高速で通過したように見える。しかし、フィラメントの先端には明るい天体が特に存在しないことから、降ってきた天体は矮小銀河や球状星団になり損ねた「暗黒物質サブハロー」だった可能性が高いと研究チームは考えている。
矮小銀河よりも小さな暗黒物質サブハローは、標準的な宇宙モデル(ΛCDMモデル)に基づいた構造形成のシミュレーションなどで存在が予測されていたが、実際の観測で存在が確認されたのは初めてだ。
〈参照〉
- 国立天文台 野辺山宇宙電波観測所:天の川を高速で通過した暗黒物質サブハローの痕跡を発見
- The Astrophysical Journal:Millimeter-wave CO and SiO Observations toward the Broad-velocity-width Molecular Feature CO 16.134-0.553: A Smith Cloud Scenario? 論文
〈関連リンク〉
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