すばる望遠鏡の探査が、宇宙の新しい物理を示唆
【2023年4月11日 すばる望遠鏡】
現代の宇宙論において標準とされる理論によれば、宇宙は約138億年前のビッグバンで誕生し、膨張を続けている。標準理論は、通常の物質とダークマターやダークエネルギーの存在比、宇宙初期に存在した物質の分布のゆらぎ具合を表すパラメーターなどからなるシンプルなものだが、多くの観測データを説明することに成功している。しかし、ビッグバンは本当にあったのか、ダークマターやダークエネルギーの正体は何なのかなど、同理論には多くの謎が残されている。
日本・台湾・米国の研究者からなる国際共同研究チームは、2014年から2021年にかけて、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ「ハイパー・シュプリーム・カム(HSC)」を用いて大規模撮像探査「すばる戦略枠プログラム」(HSC-SSP)を行ってきた。そのうち約3年間分、約420平方度(満月2000個分)の天域を観測したデータからダークマターの3次元分布が精密に求められ、宇宙の標準理論が検証された。
ダークマターは電磁波で直接観測することはできないが、その重力によって周囲に影響を及ぼしている。ダークマターが集中している領域を通った光は、レンズを通ったときのように曲がる「重力レンズ効果」を受けるので、この効果を詳しく調べることでダークマターの分布がわかる。そこで研究チームはHSC-SSPで得られた約2500万個の銀河の姿を分析し、そのゆがみ具合から、銀河と私たちとの間にあるダークマターの分布を調べた。
2018年にはHSC-SSPの最初の1年あまりの観測から得られたダークマターの分布が発表されている(参照:「かつてない広さと解像度のダークマター地図」)が、今回の結果はさらに広い天域を対象とした観測に基づくものだ。
観測結果により示されるダークマターの分布からは、現在の宇宙における構造形成の進行度合いを表す物理量(S8)が得られ、その値は0.76だった。一方、ヨーロッパ宇宙機関の宇宙背景放射観測衛星「プランク」による宇宙マイクロ波背景放射の観測結果からは、ビッグバン直後における密度のゆらぎが得られる。これを宇宙の標準理論と組み合わせると、S8を理論的に得ることもできる。こちらの値は0.83で、2つの結果が一致していない。
このズレがHSCやプランクの測定誤差である確率は5%以下と見積もられている。つまり、2つの結果が本当に一致していない確率が95%以上もある。これは、プランクの結果からS8を計算するときの前提となる標準理論にほころびがあることを示唆する。
実は、これまでにもHSC-SSPの初期観測データや欧米による重力レンズ効果測定プロジェクトにより、S8がプランクで得られたものより小さくなってしまうことが繰り返し指摘されてきた。今回の研究は、すばる望遠鏡が取得した高精度の観測データに基づくものであり、研究者の先入観が結果に影響を及ぼさないよう、慎重な解析が行われている。それでもS8不一致問題が存在することが確認された。
「S8の不一致が起こる原因として、たとえば、ニュートリノ、あるいは時間進化するダークエネルギーが宇宙の構造形成に影響する可能性が考えられます。HSC-SSP の最終データを用いた解析や、すばる望遠鏡の次世代超広視野多天体分光器(PFS)による宇宙地図のデータで、S8不一致問題が決着すると期待されています。S8不一致が本当であれば、宇宙の新しい物理の大発見に繋がるかもしれません。今後の研究の進展にご期待ください」(東京大学 高田昌広さん)。
〈参照〉
- すばる望遠鏡:ダークマターを見る!― HSC 国際チームが宇宙の標準理論を検証
- カブリIPMU / 素粒子宇宙起源研究所 / 名古屋大学
- Hyper Suprime-Cam Subaru Strategic Program:HSC-Y3 Weak-Lensing Results Summary
- The Physical Review D:論文プレプリント
- Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from galaxy clustering and weak lensing with HSC and SDSS using the emulator based halo model
- Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Measurements of the clustering of SDSS-BOSS galaxies, galaxy-galaxy lensing and cosmic shear
- Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from galaxy clustering and weak lensing with HSC and SDSS using the minimal bias model
- Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from cosmic shear power spectra
- Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from cosmic shear two-point correlation functions
〈関連リンク〉
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