超高エネルギー宇宙線の正体は陽子ではなく原子核

このエントリーをはてなブックマークに追加
南極での宇宙ニュートリノ検出実験「IceCube」の長期観測データから、超高エネルギー宇宙線の主成分は陽子ではなく、より重い原子核であることが示された。

【2025年7月18日 千葉大学

宇宙には「宇宙線」という高エネルギー粒子が飛び交っていて、その約9割は陽子、残りのほとんどはヘリウム4の原子核からなる。エネルギーが比較的低い宇宙線は、天の川銀河の中にある超新星残骸や銀河中心で作られると考えられている。

一方、エネルギーが1020電子ボルト (eV) を超えるような「超高エネルギー宇宙線」は、その正体が全くの謎だ。天の川銀河外の活動銀河核やガンマ線バーストが起源天体の候補に挙がっているが、具体的な発生メカニズムは不明で、粒子が陽子なのか原子核なのかについても議論が続いてきた。

そんな超高エネルギー宇宙線の正体に迫る手法として、ニュートリノをとらえる方法がある。

超高エネルギー宇宙線の正体が陽子の場合、飛行中に宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の光子と衝突して徐々にエネルギーを失い、届く範囲が約3億光年までに限られることが知られている(これを「GZK限界」という)。ただし、このCMB光子との衝突では超高エネルギーの「宇宙生成ニュートリノ」が生成され、ニュートリノは電磁場や物質とほぼ相互作用せずに遠くの宇宙から地球まで直進する。そこで宇宙線そのものではなくこのニュートリノを検出すれば、遠い宇宙の超高エネルギー宇宙線であってもその情報を得られる。

南極点で行われている国際プロジェクト「IceCube(アイスキューブ)」は、この宇宙生成ニュートリノをとらえる実験で、氷床内部に検出装置を設置し、ニュートリノが通ったときに発生するチェレンコフ光を検出する、世界最大のニュートリノ検出装置だ。

IceCubeのこれまでの観測では、超高エネルギー宇宙線の起源天体の多くは地球から30億~40億光年以内の比較的新しい時代の宇宙に存在するらしいことがわかっている。

IceCube
南極点に建つIceCubeの観測所(提供:Johannes Werthebach, IceCube/NSF)

今回、千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターのマキシミリアン・マイヤーさんを中心とする研究グループは、IceCubeで2010年6月から約13年にわたって得られたデータを使い、これまでよりさらに感度を上げて超高エネルギー宇宙ニュートリノの事象を探索した。

その結果、最大で約10PeV(=1016eV、10ペタ電子ボルト)のニュートリノが見つかったが、100PeV以上の超高エネルギーニュートリノは1個も検出されなかった。10PeVというエネルギーは超高エネルギー宇宙線による宇宙生成ニュートリノとしては低すぎるものだ。

今回、13年分のデータから超高エネルギーニュートリノが1個も検出されなかったことから、宇宙生成ニュートリノはこれまでの理論の予想よりも大幅に少ないことがうかがえる。この結果は、超高エネルギー宇宙線の主成分が陽子ではなく、より重い原子核であることを強く示唆しており、超高エネルギー宇宙線の組成に関する長年の論争に決着をつけるものだと研究チームでは考えている。

今年2月には、地中海の海中でニュートリノを検出する「立方キロメートルニュートリノ望遠鏡(KM3NeT)」実験で、約220PeVという超高エネルギーニュートリノが検出されたと発表されている。しかし今回の解析では、IceCubeはKM3NeTの約70倍の感度を持つにもかかわらず、KM3NeTで検出されたものと同規模の事象は一つも確認されておらず、KM3NeTの報告とは食い違いを見せている。

2019年のニュートリノ事象、宇宙生成ニュートリノの数
(左)2019年3月にIceCubeで検出された、推定エネルギー約10PeVのニュートリノ事象。(右)1m3あたりの宇宙生成ニュートリノの数。矢印が今回の成果による上限値。赤と橙は陽子が主成分の場合の2通りの予想。緑は原子核が主成分の場合の予想(提供:千葉大学リリース)

今回の成果から、超高エネルギーの発生メカニズムについて新たな疑問が出てきた。「なぜ宇宙で最も多い陽子ではなく、より少ない原子核の方が選ばれて超高エネルギーまで加速されるのか」という疑問だ。原子核もCMB光子と衝突してニュートリノを生成するが、その数は陽子に比べて圧倒的に少なく、エネルギーも低い。また、原子核は壊れやすく、超高エネルギー宇宙線のふるさとと考えられる激しい環境下では生成・加速が難しいはずだ。実は超高エネルギー宇宙線は比較的静かな環境で作られるか、あるいは生成のメカニズムに未知の物理機構がかかわっているのかもしれない。

関連記事