銀河宇宙線ヘリウムの高精度観測に成功
【2023年5月12日 早稲田大学】
宇宙空間を高速で飛び交う陽子や電子などは宇宙線として観測される。宇宙線は超新星爆発の衝撃波で加速され、銀河磁場によって伝播し銀河外へ漏れ出すという「標準モデル」で理解が進められているが、加速や伝搬のメカニズムについては不明な点も多い。
標準モデルによれば、宇宙線のエネルギースペクトルの形状は単調な冪(べき)型になると予測される。しかし、陽子やいくつかの原子核については、理論からのズレである「スペクトル硬化」が報告されていて、国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟の船外プラットフォームに設置された宇宙線電子望遠鏡「CALET」でも高精度な観測でスペクトル硬化をとらえている。さらに昨年には、CALETによる観測から、広い高エネルギー領域において陽子のスペクトルが硬化とは逆にずれる「スペクトル軟化」が見られると報告された(参照:「CALET、宇宙線陽子スペクトルの高精度観測で軟化を検出」)。
こうした傾向が陽子だけのものか、他の原子核でも共通なのかを調べるため、伊・フィレンツェ大学のOscar Adrianiさんたちの研究チームはCALETを用いて、これまで高精度観測が困難で未開拓な領域であったテラ電子ボルト領域の観測を行った。その結果、ヘリウムのエネルギースペクトルにも軟化が見られることが確かめられた。これは中国の宇宙望遠鏡「DAMPE(Dark Matter Particle Explorer)」の観測結果と合うものであり、DAMPEが観測したエネルギーよりも高いところまで軟化傾向が続いていることも明らかになった。スペクトルの軟化が何らかの共通の原因で陽子とヘリウムで起こっていることを示唆するものだ。
また、エネルギーの増大とともに陽子に対するヘリウムのフラックスの割合が増えていることもわかった。標準モデルでは割合は変化しないことが予測されていることから、陽子とヘリウムには高エネルギー領域で異なる加速・伝播機構があることも示唆される。
〈参照〉
- 早稲田大学:銀河宇宙線ヘリウム 高精度観測に成功
- Physical Review Letters:Direct Measurement of the Cosmic-Ray Helium Spectrum from 40 GeV to 250 TeV with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station 論文
〈関連リンク〉
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