8か月かかる銀河の精密シミュレーションをAIで2か月に短縮
【2025年7月9日 理化学研究所】
銀河の中では、ダークマター(暗黒物質)・星・ガスが相互作用しながら、銀河の形成や進化の複雑な過程が進んでいく。とくに、大質量星の一生の最期である超新星爆発で膨大なエネルギーが放出されると、周囲のガスを加熱・かく乱する「超新星フィードバック」という過程を通じて、銀河の進化に大きな影響を与える。
銀河内での物質の循環。星形成領域で誕生した大質量星が一生の末に超新星爆発を起こす。この爆発で酸素や炭素などの元素が放出され、銀河全体の重元素量が増える。また、爆発の莫大なエネルギーは、銀河外へのガスの噴き出し(アウトフロー)や、銀河内のガスの乱流を引き起こし、星間物質の循環を駆動する(提供:理化学研究所リリース、(背景画像)The Hubble Heritage Team(AURA/STScI/NASA)、(左下の星形成領域の画像)NASA、ESA、CSA、and STScI)
こうした相互作用は非常に複雑なため、数値シミュレーションで解析するのが一般的だ。しかし、典型的な銀河の大きさが約10万光年であるのに対して、一つ一つの星の間隔は数光年、超新星爆発の影響が及ぶ範囲は約100光年程度で、空間的なスケールの差がきわめて大きい。そのため、小さなスケールの現象まで正確に分解して銀河全体のシミュレーションを行うのは、計算時間や効率の点で現実には難しい。
こうした制約から、従来のシミュレーションでは、超新星爆発などは物理や観測データを正しく再現するような「近似」で済ませる「サブグリッド・モデル」が利用されてきた。サブグリッド・モデルは温度や運動量などの統計量はよく再現できるが、現象を簡略化しているため、濃淡のあるガスの相互作用など、詳細なふるまいは無視されている。
今回、理化学研究所 数理創造研究センターの平島敬也さんたちの研究チームは、星形成領域の非一様なガス分布や高密度ガスのフィラメント(細長い帯状の構造)の影響を正しく考慮するため、計算負荷がとくに高い超新星爆発後の物理過程を、深層学習を利用して高速・簡単に代替できる「AIサロゲート・モデル」という機械学習モデルを新たに開発した。
このモデルは画像処理用の深層学習モデルを応用したもので、超新星爆発の衝撃波と周辺ガスとの相互作用を3次元シミュレーションで計算した結果を学習データに使っている。学習データの生成や実際の計算は、理研のスーパーコンピュータ「富岳」や米国のフラットアイアン研究所のスーパーコンピュータ「ポパイ(Popeye)」などで行われた。
このAIモデルは、超新星爆発後に起こるガスの密度、温度、速度場の変化を約1秒以内に予測でき、従来の手法に比べて計算速度が100倍以上高速化した。平島さんたちはこのAIモデルを従来の大規模銀河シミュレーションに組み込み、計算負荷の高い高密度領域での超新星爆発の計算に用いて、個々の星のスケールまで直接扱える高解像度シミュレーションを実現した。これによって銀河の一つ一つの星が解像され、超新星爆発や超新星フィードバックの影響も個別に再現・解析できるようになった。
今回のシミュレーションコードの処理の流れ。銀河進化の計算の中で発生する超新星のうち、高密度領域で発生する爆発のみを検出して別の計算ノード(pool node)へ送る。そこでAIサロゲート・モデルが未来の状態を高速に予測し、結果をmain nodeへ返す。これにより、従来の高解像度計算に比べて最大20倍程度の高速化を実現した(提供:理化学研究所リリース、(銀河の画像)NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech))
平島さんたちの新たな計算は「星ごと(star-by-star)」の高分解能銀河シミュレーションであるにもかかわらず、全体の計算時間から約半年分が削減され、従来8か月程度かかっていた銀河進化の計算が約2か月分にまで短縮できた。
また、超新星爆発でガスのバブルが形成される現象や、爆発で加熱された超音速のガスが銀河外に噴き出す「アウトフロー」などが、AIモデルを使った計算でも従来通り再現されることが確かめられ、高速化と精度の両立が可能であることが実証された。
銀河シミュレーションの開始から1億年後のスナップショット。従来の数値シミュレーション(左)とAIサロゲート・モデルを用いた新手法(右)の比較。色が明るい部分ほど銀河円盤のガスが高密度であることを表す。AIを用いた計算でも、従来の計算手法と同様に超新星爆発による大規模なバブル構造が再現されている(提供:平島さん、以下同)
今回行われた矮小銀河シミュレーションのガスと星の分布
「宇宙物理学では様々なスケールの現象が関わり合っており、その解明は理論的にも計算的にもとても難しい課題です。今回、AIを活用することで、これまでより大規模で高精度なシミュレーションが可能になりました。こうした手法を通じて、新しい形のシミュレーション天文学を切り開いていきたいと考えています」(平島さん)。
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〈参照〉
- 理化学研究所:AIで実現する高解像度銀河シミュレーション - 銀河進化の計算を6カ月短縮し約2カ月で完了-
- The Astrophysical Journal:ASURA-FDPS-ML: Star-by-star Galaxy Simulations Accelerated by Surrogate Modeling for Supernova Feedback 論文
〈関連リンク〉
- 富岳:
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