銀河団のメンバー銀河を用いた宇宙物質量の新測定法
【2023年9月22日 千葉大学】
宇宙において各物質の成分がどれくらいの割合で存在するかは、天文学における最も重要な問題の一つだ。これを推定する方法として、銀河団の質量と数の関係を用いるものがある。
銀河団の質量と数の関係は宇宙論的条件に依存し、とくに物質の総量に非常に敏感だ。全物質の割合が高ければ高いほど、より多くの銀河団が形成されると予想される。しかし、銀河団に含まれる物質のほとんどは望遠鏡で光学的に直接観測できない暗黒物質のため、銀河団の質量と数の関係を正確に直接測定することは困難だった。
エジプト国立天文・地球物理学研究所のMohamed Abdullahsさんたちの研究チームは、質量の大きい銀河団ほどより多くの銀河で構成されているという事実に着目した。銀河は光り輝く星で構成されているため、各銀河団に含まれる銀河の数を計測すれば、その銀河団の質量を間接的に測定する方法として利用できる。
Abdullahsさんたちは、大規模天体撮像分光サーベイ「スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)」の観測データを解析し、各銀河団を構成する銀河の数を計測した。その数から得られた銀河団の質量と、銀河団自身の数の関係を高精度に推定して、パラメーターの異なる複数の数値シミュレーションによる予測と比較した。
その結果、観測とシミュレーションが最もよく一致したのは、宇宙に存在する物質とエネルギーの総量のうち物質が31%を占め、残りが暗黒エネルギーという宇宙モデルだった。この値は、ヨーロッパ宇宙機関の宇宙背景放射観測衛星「プランク」による宇宙マイクロ波背景放射の観測に基づく推定値とも非常によく一致している。
今回の研究の成功の鍵は、SDSSの分光観測のデータから、各銀河団までの距離と、どの銀河が重力的に結合した真の銀河団構成メンバーなのかを世界で初めて正確に決定できたことにある。これまでも銀河団を構成する銀河の数を利用しようという試みはあったが、少数の異なる波長における撮像データを用いていたため、あまり高い精度が得られていなかった。
今回の手法が、従来の手法と完全に異なっていて、物質の総量などの宇宙論パラメーターを制約するための競争力のある手法であると証明されたことの意義は大きい。アップデート計画「すばる2」により機能強化が図られるすばる望遠鏡をはじめ、今年7月に打ち上げられた宇宙望遠鏡「ユークリッド」やジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡などによって得られる新しい観測データに対しても、今回の手法が応用可能であることから、今後宇宙の起源などの理解が深まると期待される。
〈参照〉
- 千葉大学:従来とは異なる手法で宇宙の物質の総量を測定 ~ 銀河団を構成する銀河を利用して実現
- The Astrophysical Journal:Constraining Cosmological Parameters using the Cluster Mass-Richness Relation 論文
〈関連リンク〉
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