熱い銀河団の謎を解く?高温ガスの「風」をXRISMが発見
【2025年2月18日 JAXA】
惑星系や星団、銀河など、宇宙には様々なスケールの「天体の集団」があり、こうした集団は天体どうしが重力で集まり、衝突・合体を起こして成長してきた。
銀河が数百から数千個も集まっている「銀河団」は、天体の集団としては宇宙で最大規模のものだ。銀河団の中心部には周りからガスが落下し、その衝撃でガスが数千万度もの高温に加熱されてX線で輝いている。
銀河団の中心まで落ち込んだガスは、X線を出すことで放射冷却を受け、宇宙年齢よりずっと短い時間で冷えてしまうと考えられてきた。ところが実際に銀河団を観測しても、銀河団中心部に冷えたガスがたまっているようなことはない。そのため、何らかのしくみで銀河団ガスはまんべんなく加熱され続けているはずなのだが、そのメカニズムはわかっていない。この謎は銀河団の「冷却流(cooling flow)問題」と呼ばれている。
銀河団ガスの加熱源としては、たとえば「活動銀河核(AGN)」が考えられる。銀河団中心部の巨大銀河が超大質量ブラックホールと高温の「降着円盤」を持っていて、ここから強力な放射やジェットが放出されて周囲を加熱している、という「AGNフィードバック」説だ。
また別の説として、銀河団中心部のガスが大きなスケールで運動していたり乱流を持っていたりするために、ガス全体がかき回されて加熱される、というメカニズムも提案されている。しかしこれまでのX線観測衛星では、分光観測の波長分解能が足りず、加熱源を明らかにできていなかった。
日本のX線分光撮像衛星「XRISM」の国際共同研究チームでは、2023年12月から2024年1月にかけて、XRISMの軟X線分光装置「Resolve」を用いて、地球から約1億光年と比較的近い「ケンタウルス座銀河団(ACO 3526)」を観測し、この銀河団の中心部にある高温ガスの動きを精密に調べた。この銀河団の中心部には「NGC 4696」という銀河があり、その中心には約20億太陽質量の超大質量ブラックホールがあることが知られている。
XRISMの「Resolve」で得られたケンタウルス座銀河団中心部のX線スペクトル。背景はX線天文衛星「チャンドラ」が撮影した同じ領域のX線画像(提供:JAXA)
Resolveは従来のX線分光装置と比べて約30倍の波長分解能を持ち、高温ガスの運動速度を高い精度で測定できる。研究チームが今回得られたスペクトルを詳しく分析したところ、この銀河団の中心部では高温ガスが秒速130~310kmという速さで地球に向かう向きに流れていることがわかった。この結果は、中心部の高温ガスが全体として大きく揺れ動いていることを示している。
(上)X線観測衛星「チャンドラ」が過去にとらえたケンタウルス座銀河団の中心領域の高温ガス。図中の破線は温度分布が不連続に変わっている部分を表す。(下)XRISMの観測で明らかになった高温ガスの流れ。ケンタウルス座銀河団の中心には銀河「NGC 4696」が位置している。チャンドラの画像にみられる温度分布の「段差」は、渦状のガス流を横から観測することで見えている構造かもしれない(提供:(上)Sanders et al. (2016)、(下)JAXA)
このガスの動きをシミュレーションの結果と比較したところ、高温ガスの「揺れ動き」は、過去にケンタウルス座銀河団に小さな銀河団がいくつも衝突・合体したことで生じたものらしいことがわかった。
一方で、もっと小規模なスケールで起こる乱流の速度は小さく、超大質量ブラックホールの周辺でも強い乱流はみられなかった。このことから、研究チームでは、超大質量ブラックホールが銀河団ガスを直接かき回す効果はあまり大きくなく、ブラックホールによる加熱と、銀河団の衝突合体といった大きなスケールでのガスの運動とが合わさって銀河団ガスを加熱している可能性があるとみている。
小さな銀河団の衝突・合体の影響が大きな銀河団の中心部(コア)まで伝わる様子を示した模式図(提供:JAXA)
ケンタウルス座銀河団は過去に大規模な衝突は経験していないと考えられているが、にもかかわらず中心部のガスまで大きく振り回されていることがわかったのは意外な結果だ。今回の結果は、銀河団中心部の高温ガスが加熱されるしくみを解明する重要な手がかりを与えるとともに、銀河団が衝突・合体によって成長することを直接示す証拠でもある。
〈参照〉
- JAXA:X線分光撮像衛星(XRISM)観測成果の科学誌「Nature」論文掲載
- X線分光撮像衛星 XRISM / 明治大学 / 東京都立大学 / 東京理科大学
- Nature:The bulk motion of gas in the core of the Centaurus galaxy cluster 論文
〈関連リンク〉
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