理論予測より桁違いに多かった銀河団内の重力レンズ

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銀河団内の個々の銀河で生じる小さな重力レンズ現象が予測よりずっと多いことがわかった。標準的なダークマターの理論にはまだ足りない要素があるのかもしれない。

【2020年9月16日 NASA

ダークマター(暗黒物質)は、質量を持っているものの、光(電磁波)を放射・吸収・反射することがない正体不明の物質だ。宇宙全体に存在する全エネルギーの約1/4を占めると考えられている。宇宙にダークマターが存在することは、光で見える通常の物質や天体がダークマターの重力を受けて運動する様子から間接的に知ることしかできない。

ダークマターを検出する方法の一つとして、ダークマターの重力で空間が曲げられ、その空間を通る光の進路が変化する「重力レンズ」という現象を使うものがある。大きな質量を持つ天体などがあると、その背景にある遠くの天体から来た光が増光されたり、遠方天体の像が円弧状やリング状に歪んだり、複数の像ができたりする。「レンズ」となる質量が強く集まっているほど、光の曲がり具合は大きい。

重力レンズ現象が最も多く見られる天体は銀河団だ。銀河団には数百から数千個もの銀河と高温ガスが含まれており、宇宙で最も質量の大きな構造である。さらに、これらの「見える質量」だけでなく、その10倍以上の質量がダークマターとして貯め込まれている。

そのうえ、銀河団に属する一つ一つのメンバー銀河自体にもダークマターが付随している。つまり、銀河団のダークマターは、銀河団全体という大きな塊と、個々の銀河という小さな塊の2つのスケールで集まり、分布しているのだ。

MACS J1206
今回の研究で解析された銀河団の一つ、「MACS J1206.2-0847」をハッブル宇宙望遠鏡で撮影した画像。おとめ座の方向約45億光年の距離にある。銀河団の重力によって、背景にあるいくつもの遠方の銀河の像が円弧状に歪められ、銀河団に重なって見えている。画像クリックで表示拡大(提供:NASA, ESA, P. Natarajan (Yale University), G. Caminha (University of Groningen), M. Meneghetti (INAF—Observatory of Astrophysics and Space Science of Bologna), and the CLASH-VLT/Zooming teams. Acknowledgement: NASA, ESA, M. Postman (STScI), and the CLASH team)

伊・国立天体物理学研究所ボローニャ天文台のMassimo Meneghettiさんを中心とする研究チームは、銀河団のメンバー銀河が引き起こす「小さな強い重力レンズ」に着目した。ハッブル宇宙望遠鏡で撮影された銀河団の画像を調べると、銀河団の中心部に集まるダークマターで生じた大スケールの重力レンズ像だけでなく、個々のメンバー銀河によって生じた小さなレンズ像も写っている。Meneghettiさんたちは11個の銀河団について、こうした小さなレンズ像を抽出し、さらにチリにあるヨーロッパ南天天文台の大型望遠鏡VLTを使った分光観測で、小さなレンズ像の原因となったメンバー銀河の中の星の運動を測定した。これによって、個々の銀河の「ダークマター込み」の質量を求めた。

宇宙の初期にはまずダークマターが互いに集まって塊を作り、続いて通常の物質(バリオン)がその重力に引かれて集まって、恒星や銀河、銀河団を形作ったと考えられている。こうした構造形成がどう進んたかについては標準的な理論(CDMモデル)があり、この理論に基づいたコンピューターシミュレーションがさかんに行われている。Meneghettiさんたちは、今回解析した銀河団と同じ質量・同じ時代の銀河団をシミュレーションで作り出し、「小さなレンズ像」がどのくらいできるかを調べて観測結果と比較した。

「ダークマターの存在や見える物質との相互作用について考えるための観測結果をシミュレーションがきちんと再現できているかどうか、という点を理解する上で、銀河団は理想的な実験室だといえます」(Meneghettiさん)。

MACS J1206の銀河
上の画像の銀河団MACS J1206.2-0847のメンバー銀河を拡大した画像(枠内)。メンバー銀河自身に付随するダークマターによって小さな重力レンズ効果が起こり、遠くの銀河の像が歪められている。右上の枠内の銀河にはリング状のレンズ像が、左上と下の枠内の銀河には複数の像に分かれたレンズ像が見えている。画像クリックで表示拡大(提供:NASA, ESA, P. Natarajan (Yale University), G. Caminha (University of Groningen), M. Meneghetti (INAF-Observatory of Astrophysics and Space Science of Bologna), and the CLASH-VLT/Zooming teams. Acknowledgement: NASA, ESA, M. Postman (STScI), and the CLASH team)

解析の結果、実際の銀河団でメンバー銀河が「小さなレンズ像」を作り出している確率は、シミュレーションの予測より10倍も大きいことが明らかになった。言い換えれば、シミュレーションで作り出した銀河団では、個々の銀河に付随しているダークマターの「集中度」が現実のメンバー銀河のダークマターよりずっと低い、ということになる。

「シミュレーションと観測データを比べるたくさんのテストを注意深く行いましたが、食い違いは解消されませんでした。原因として考えられるものの一つは、私たちが鍵となる物理過程をシミュレーションの中に入れ忘れているということです」(Meneghettiさん)。

「現在の理論ではまだとらえきれていない性質が現実の宇宙にはあるのです。今回の結果は、ダークマターの性質や特性についての今の理解に『ギャップ』があることを示しているのかもしれません。これらの観測データのおかげでダークマターの分布を非常に小さなスケールまで詳細にとらえることができるからです」(米・イエール大学 Priyamvada Natarajanさん)。

研究チームでは、今後もこのような解析を行って、標準的なダークマターモデルに対する「負荷試験」を行い、謎の多いダークマターの性質を解き明かすことを期待しているという。また、NASAが現在計画しているナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡(WFIRST)を使えば、銀河団のレンズ像をもっと多く見つけることができ、ダークマターモデルを検証できるようなサンプルが増えるだろう。

解説動画(提供:NASA's Goddard Space Flight Center)

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