「金星にリン化水素のシグナル」は、二酸化硫黄の見間違い

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金星の雲からリン化水素(ホスフィン)を検出したという昨年の発表は、より高い高度に存在する二酸化硫黄で生じた吸収を見間違えていた可能性が高いことが示された。

【2021年2月3日 ワシントン大学

2020年9月に英・カーディフ大学のJane Greavesさんたちの研究チームは、金星の雲からリン化水素(ホスフィン、PH3)を検出したという成果を発表した(参照:「金星の大気にリン化水素を検出」)。

研究チームは2017年にハワイのジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(JCMT)で金星の大気から放射される電波を観測し、周波数266.94GHzの位置に吸収線を発見した。この周波数の近くにはリン化水素だけでなく二酸化硫黄(SO2)の吸収スペクトルも存在するため、吸収線の正体を突き止める追加観測が2019年にアルマ望遠鏡で行われた。その結果、JCMTで見つかった吸収線よりやや周波数が高い267.54GHzにある二酸化硫黄の吸収線がアルマで検出されなかったことから、JCMTで見つかった吸収線はリン化水素からのものとGreavesさんたちは結論づけていた。

「あかつき」がとらえた金星
探査機「あかつき」がとらえた金星の赤外線画像(提供:JAXA/ISAS/DARTS/Damia Bouic)

リン化水素は地球の大気にもわずかに含まれていて、微生物由来の可能性があると考えられている。そのため、金星の厚い酸性の雲の中にも何らかの生物が存在するのでは、と大きな話題になった。しかし一方で、この検出結果の信頼性を疑う声も複数の研究者から挙がっていた。

米・ワシントン大学のAndrew P. Lincowskiさんたちの研究チームは、これまでに地上観測や探査機で得られた金星の観測データを使い、金星大気の輻射輸送モデル(大気中で光や電波が様々な物質によって吸収・放射される様子を再現するモデル)を構築した。このモデルを使い、金星大気の様々な高度でリン化水素と二酸化硫黄によってどんな吸収スペクトルができるかをシミュレーションしてGreavesさんたちの観測データを再検討したところ、Greavesさんたちはリン化水素をまったく検出していなかった可能性が高いという結論になった。

「金星の雲にリン化水素が存在するわけではなく、検出された吸収線は二酸化硫黄によるものだったという解釈の方が、観測データとつじつまが合います。二酸化硫黄は金星の大気中では3番目に多く存在する物質で、生命の存在を示すものとは考えられていません」(ワシントン大学 Victoria Meadowsさん)。

Lincowskiさんたちの分析では、JCMTで検出された266.94GHzの吸収線は金星の雲の層で生じたものではなく、もっとずっと高い、中間圏と呼ばれる高度約80km以上の大気に由来するものであることが示唆されている。

この高度では、強い酸性の物質や紫外線の働きによって、仮にリン化水素の分子が存在したとしても数秒で分解されてしまう。「もしJCMTで検出された信号が中間圏のリン化水素によるものだとすると、地球大気に酸素が光合成で供給されるペースよりも100倍も速いスピードでリン化水素が中間圏に送り込まれていることになってしまいます」(Meadowsさん)。

さらにLincowskiさんたちは、吸収線が二酸化硫黄由来ではないとGreavesさんたちのチームが結論づけるのに使われたアルマ望遠鏡のデータが、実は金星大気中の二酸化硫黄の量を大幅に少なく見積もっている可能性があることも明らかにした。2019年当時のアルマ望遠鏡のアンテナ構成では、二酸化硫黄のように金星大気に広く存在するガスの吸収線は、より狭い範囲に分布するガスよりも弱い信号として検出されてしまうという、望ましくない副作用があったという。こうした現象はJCMTでは起こらないため、結果としてJCMTで検出される二酸化硫黄の量を少なく見積もることにつながったとLincowskiさんたちは考えている。

「2019年にアルマ望遠鏡で二酸化硫黄が検出されなかったというデータは、実際の金星大気に二酸化硫黄が典型的な量だけ、あるいはそれよりずっと多く存在するとしてもつじつまが合うもので、JCMTで検出された吸収線は二酸化硫黄によって完全に説明できることが私たちのモデルから示唆されます」(Lincowskiさん)。

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