【特集・太陽系再編】まとめ
【2006年8月28日 アストロアーツ】
特集「太陽系再編」では4回に分けて8月16日に公表された「惑星の定義」原案に基づきさまざまな考察をしてきました。24日、ついに新しい「惑星の定義」が決定しました。改めて、4つの論点から見てみましょう。
(1)太陽系の外へ広がらなかった影響
特集第1回では、原案が系外惑星も視野に入れていることを指摘しましたが、今回採決された定義は「太陽系の惑星」に限ったものとなってしまいました。
原案では「褐色矮星」の扱いが不明瞭でした。この点は会議中にも指摘され、惑星の定義に「核融合を一切起こしていない」という条件を加えることが提案されています。それでも最終的に系外惑星に定義を当てはめることが見送られたのは、「系外惑星にあてはめるとこうなる」と指摘する以前に「まだ系外惑星にあてはめるには早い」という意見が強かったからでしょう。
系外惑星の中には、太陽系ではとても考えられないような状態にあるものもあります。たとえば、3つの恒星がなす連星系の中に惑星が存在するケースも見つかっています。(系外惑星も含む)新しい定義が採用されたとして、それを揺るがすような系外惑星が登場する可能性もないとは言えません。そう考えると、太陽系の惑星に限ったことは無難な判断です。
しかし、恒星の周りを回らずに独立して存在する惑星質量の天体など、確実に「惑星ではない」と決めることができる天体も多いはずです。このような「野良惑星」を「惑星」そのものと呼ぶ科学者はほとんどいませんし、明瞭な線引きをすることで整理もしやすくなったことでしょう。
現在見つかっている系外惑星は200個強で、地球に近い質量の惑星も見つかるようになってきました。もっと観測例が増えて、多彩な系外惑星(および系外惑星と呼べるのかわからない天体)が見つかってくれば、おのずとあらゆる「惑星」を定義しようという機運も高まってくるかもしれません。
(2)矮惑星は増え続けるか
惑星の定義に「同じ軌道上の天体を消し去ってしまうほど大きい」という条件が加わったことで、惑星が次々と増える可能性、そして「丸いか、丸くないか」で惑星かどうかの判断が難しくなる心配はなくなりました。しかし、「〜大きい」という条件を満たさない天体を「矮惑星(Dwarf Planet:正式な和訳は未定)」と定義したため、今度は矮惑星について同じ問題が生じます。
矮惑星が増え続けることはともかく、問題はその内訳です。
第2回で指摘したように、「重力で丸くなろうとする」のを妨げる「固体としての力」は、氷よりも岩石の方が上です。また、火星と木星の間のいわゆる「小惑星帯」の小天体に比べて、海王星以遠天体(注)には大きなものが数多く存在します。前者は岩石、後者は氷が主成分です。海王星以遠天体の方が小惑星帯の天体に比べて圧倒的に多く「丸い天体」すなわち矮惑星と認められるでしょう。
すでに矮惑星と認められているのは、小惑星帯のセレス、そして海王星以遠天体の冥王星と2003 UB313です。一方、「矮惑星候補」として挙げられている12個の天体の内訳は小惑星帯天体3個と海王星以遠天体9個です。海王星以遠天体には今後も大きなものが見つかる可能性が高いのに対して、それ以外の小天体は、数百キロメートルクラスのものは「発見され尽くした」状態。将来、矮惑星のほとんどは海王星以遠天体で占められそうです。
まして、「冥王星に代表される海王星以遠天体の矮惑星を新たなカテゴリーとする」という決議が承認されているので、この点は将来問題になる可能性が残っています。
(3)「わかりにくさ」は消える?
かつて「惑星」だったセレスが「小惑星」になったことを紹介しましたが、今回の決定で今度は「矮惑星」へと2回目の移籍をすることになりました。"dwarf planet"という言葉は、多くのメディアで「矮惑星」と翻訳して伝えられましたが、「矮小惑星」としたケースもありました。また、「矮」という言葉が難しいと指摘する専門家もいるので、本当に「矮惑星」になるかは流動的です。ちなみに、"dwarf planet"を「小惑星」にするべきだ、という意見も、実際に存在するようです…。
「矮惑星」に限らず、さまざまな言葉の定義の難しさ、そして日本語訳する場合に加わる複雑さを紹介してきました。"dwarf planet", "Trans-Neptunian Object", "small solar system body"などの日本語訳は、今後日本学術会議・日本天文学会・日本惑星科学会が中心となって検討するとのことです。みなさんなら、どんな日本語訳をつけますか?多くの人が親しみを持てる、わかりやすい言葉が選ばれることを期待しましょう。
(4)冥王星の地位は「惑星」から「海王星以遠天体代表」に移る
16日に原案が発表されたのを受けて、特集「太陽系再編」の最終回(第4回)は「守られた冥王星の地位」というタイトルを用意していました。しかし、議論の流れが変わったことから、「守られるか、冥王星の地位」に修正したことを勘の良い方は気づいているかもしれません。
「冥王星を惑星のままにしたい」、つまり「冥王星を守りたい」という感情が、とりわけ科学者以外の方に多く存在することが報道されていました。しかし、今回の決定を受けて「冥王星降格」「冥王星が消える」と受け止めたり、「冥王星の地位は守られなかった」と表現するのは不適切に思います。
「科学が感情に勝った」と表現したメディアがありました。しかし、第4回で取り上げた太陽系の最新事情を把握した上で、次のようにとらえ直せば感情的にも前向きになれるのではないでしょうか。
もはや冥王星が太陽系の最果てである時代は終わりました。冥王星付近や冥王星の外側には無数の天体が存在し、中には冥王星よりも大きいものがあります。太陽系の外側は、冥王星の外側まで続いているどころか、これまでの「冥王星が孤独に鎮座する」というイメージと違ってとてもにぎやかな領域と言えるでしょう。冥王星は「最果ての惑星」としての役割を終えて惑星を引退しましたが、今度は海王星以遠天体の代表としてとらえ直され、新たな魅力を獲得したのです。
惑星は減りましたが、太陽系は広がりました。
※これまで特集の中では、海王星よりも遠くを回る小天体のことをすべて「エッジワース・カイパーベルト天体」と表記してきましたが、より一般的な表現として「海王星以遠天体(Trans-Neptunian Object:正式な和訳は未定)」とします。海王星以遠天体には、エッジワース・カイパーベルトよりも遠くにあると理論的に予測されている「オールトの雲」の天体なども含まれます。
※本特集の内容や、国際天文学連合総会の経過などをまとめた6ページの特集「再編された太陽系」が星ナビ10月号(9月5日発売)に掲載されます。