宇宙空間におけるニュートリノの運動の高精度シミュレーションに成功
【2020年12月8日 筑波大学】
宇宙には大量のニュートリノが存在している。ニュートリノは電気的に中性的な素粒子であり、素粒子の標準模型では質量がゼロとして扱われていたため、宇宙大規模構造の形成にはほとんど影響を与えないと考えられてきた。しかし、ニュートリノ振動現象の発見により実際にはニュートリノに質量があることが示され、重力相互作用を通じて大規模構造の形成に力学的な影響を及ぼす可能性が指摘されるようになっている。
この力学的な影響を観測によって測定し、それを宇宙大規模構造形成の数値シミュレーションと比較することによって、ニュートリノの質量や性質を調べることができるかもしれない。そのためにはシミュレーションを高精度に行うことが必須である。
構造形成シミュレーションでは「N体シミュレーション」という手法が長く用いられ、計算方法の改良や計算機の能力向上によって高精度化、高速化が続けられている。ただし、N体シミュレーションでは物質分布の統計的なサンプリングにより人工的な数値ノイズがシミュレーション結果へ含まれることが避けられないという問題がある。また、ニュートリノのうち少数の高速度成分が結果に重要な役割を果たすものの、この成分を忠実にサンプリングすることができないためにシミュレーション結果が正確ではない可能性もあった。
筑波大学計算科学研究センターの吉川耕司さんたちの研究チームは、物質の空間分布や速度分布をサンプリングすることなく、連続的な分布として数値シミュレーションを行う手法により、宇宙大規模構造におけるニュートリノ運動の数値シミュレーションを行った。
吉川さんたちが用いたのは、多数の粒子の集団的な振る舞いを記述する「ブラソフ方程式」の数値シミュレーションだ。この計算では位置空間3次元と速度空間3次元を合わせた6次元位相空間を扱う必要があるため、記憶容量、計算量ともに膨大なものとなる。研究チームでは少ない記憶容量で高精度にブラソフシミュレーションを行う独自の手法を開発し、これをスーパーコンピューター「Oakforest-PACS」や「京」と組み合わせることによって、世界で初めてブラソフシミュレーションの実用化に成功した。
このようにして宇宙大規模構造形成におけるダークマターとニュートリノの数値シミュレーションを行うことで、数値ノイズの全くない計算結果が得られた。この結果から、従来はノイズに埋もれ正確に求めることが困難だったニュートリノの細かいスケールでの密度分布や宇宙大規模構造におけるニュートリノの温度分布がわかるようになり、それらがニュートリノの質量に大きく依存することが明らかになった。
研究チームでは今後、「京」の後継機「富岳」を用いたさらに高精度なシミュレーションを行い、すばる望遠鏡などによって得られる宇宙大規模構造の観測結果と比較することによって、ニュートリノの質量をより正確に求めていく予定だ。また、ブラソフシミュレーションの手法が、様々なモデルの大規模構造形成シミュレーションでも威力を発揮することも期待される。
〈参照〉
- 筑波大学:宇宙を飛び交うニュートリノの動きを明らかに ~世界初の6次元シミュレーションに成功~
- The Astrophysical Journal:Cosmological Vlasov–Poisson Simulations of Structure Formation with Relic Neutrinos: Nonlinear Clustering and the Neutrino Mass 論文
〈関連リンク〉
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