ガスに隠れた遠方銀河
【2021年5月14日 東京大学大学院 理学系研究科・理学部】
宇宙を数億光年の大きなスケールで見ると、銀河や銀河団は一様に分布しているのではなく、蜘蛛の巣のように連なった領域に集中している。これは、宇宙における質量の大半を占めるダークマター(暗黒物質)の分布に沿ったもので、宇宙の大規模構造とも呼ばれる。
大規模構造は宇宙誕生直後から存在したダークマターの分布のムラに由来するもので、天の川銀河の付近でも100億光年以上離れた遠方宇宙でも、同じような構造が見られるはずだ。しかし、一部の銀河が私たちの視点から隠れていた場合、大規模構造を正しくとらえることができない。遠方宇宙ではそうした問題が生じていることを指摘する研究が発表された。
問題となっているのは遠方宇宙に多く存在する「ライマンアルファ銀河」だ。宇宙初期の星形成が活発な銀河では、水素原子が発する特定波長の紫外線であるライマンアルファ輝線で明るく輝く傾向があるため、このような名前で呼ばれている。
ライマンアルファ銀河は遠方宇宙に多いだけでなく、宇宙膨張による赤方偏移の影響を経ても地上の望遠鏡で観測しやすい(他の銀河は赤方偏移で波長が伸びると地球の大気に吸収されてしまいやすくなる)。そのおかげで、遠方宇宙の大規模構造を調べる際に重宝されていた。しかし最近では、ライマンアルファ銀河を元に描いた大規模構造が、他の銀河を使った場合と異なるケースが報告されていた。
東京大学大学院理学系研究科の百瀬莉恵子さんたちの研究チームは、銀河間に広がる中性水素ガスに注目してこの問題に取り組んだ。中性水素ガスは水素原子が電子と陽子に分かれず広がっている状態であり、ダークマターの密度に沿って分布している。ライマンアルファ輝線はこの中性水素ガスに吸収・散乱されやすいので、私たちから見て大規模構造の奥にあるライマンアルファ銀河は隠れている可能性がある。
そこで百瀬さんたちは約110億光年の距離にある銀河のサンプルを選び、ライマンアルファ銀河、どの波長でもまんべんなく輝く連続光銀河、酸素が放出する緑色の輝線で輝く可視輝線銀河の3つのグループについて、銀河周辺の中性水素ガスの分布を調べた。
すると、地球からの視線に垂直な方向、つまり東西や南北では、どのグループでも平均すると中性水素ガスの広がり方に違いは見られなかった。ところが視線方向、つまり各銀河の手前と奥にあるガスを調べると、連続光銀河でも可視輝線銀河でも手前と奥の分布に違いはなかったが、ライマンアルファ銀河では手前のガスは他の方向よりも密度が低く、奥では高いことが判明した。
この結果は、私たちが観測できるライマンアルファ銀河は中性水素ガスの高密度領域よりも手前にあるという傾向を示す。実際にはガスの奥にもライマンアルファ銀河が分布しているはずであり、それらが銀河間ガスに吸収されて観測できないということになる。今回の研究は、ライマンアルファ銀河がダークマターの大規模構造を正しく反映できない可能性を明らかにし、遠方宇宙の大規模構造や高密度領域を探す研究に注意を呼びかける重要な成果となった。
〈参照〉
- 東京大学大学院 理化学系研究科・理学部:“かくれんぼ” をしている銀河の発見
- The Astrophysical Journal Letters:Catch me if you can: Biased distribution of Lyα-emitting galaxies according to the viewing direction 論文
〈関連リンク〉
- COSMOS Lyman-Alpha Mapping And Tomography Observations survey (CLAMATO) 本研究で使用された銀河間ガスのデータと銀河カタログ
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