複数天体を巡る探査機の軌道を機械学習で設計

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複数個の小惑星や彗星を探査機で巡る軌道を見つけるには膨大な計算量が必要だが、専門家の「経験」をモデル化した機械学習で計算を大幅に短縮する手法が考案された。

【2022年7月28日 JAXA宇宙科学研究所

太陽系内ではこれまでに100万個以上の小天体が発見されている。それに対し、探査機が直接探査した天体はイトカワ、リュウグウなど約20個しかなく、得られている知見に大きな偏りがある。

こうした状況のなか、1機の探査機で複数天体をフライバイする「マルチフライバイ方式」による探査が注目されている。とくに効率的とされるのが、小惑星をフライバイしては地球に戻ってフライバイし、また別の小惑星をフライバイすることを繰り返す「小天体フライバイサイクラー軌道」だ。地球に戻るたびにスイングバイによって軌道を効果的に曲げることで、燃料を大幅に削減できる。昨年10月に打ち上げられた、木星のトロヤ群小惑星を探査するNASAの「Lucy(ルーシー)」ミッションではこの小天体フライバイサイクラー軌道が採用されており、マルチフライバイが予定されている。

小天体フライバイサイクラー軌道の概要図
小天体フライバイサイクラー軌道の概要図。地球(水色の丸)でのスイングバイやエンジン噴射(赤い矢印)で探査機の軌道を変更し、複数の小惑星(灰色の丸)をフライバイする(提供:JAXA宇宙科学研究所リリース、以下同)

しかし、小天体フライバイサイクラー軌道の設計には膨大な量の計算が必要となる。まず、どの順番で小天体を巡るかという最適化問題があり、その上で与えられた順番で巡るための軌道を最適化する問題があるからだ。とくに、フライバイ対象天体の数が増加すると最適化問題の計算時間が爆発的に増大し、現実的な時間で計算を完了させることが困難となってしまう。

従来この計算には、ある規則に基づいたランダムな探索によって最適解を探索する「進化的計算」などが用いられてきた。だが、この手法では「この軌道要素をもつ小天体ならアクセスしやすそうだ」といった専門家が持つ「経験」が活かされず、計算時間が膨大になる傾向がある。

JAXA宇宙科学研究所の尾崎直哉さんたちの研究チームは機械学習を用いたアプローチにより、「経験」をモデル化し、そのモデルを活かしながら大域的な探索を行う軌道設計手法を提案した。この手法は、JAXAの深宇宙探査技術実験ミッション「DESTINY+」において、小惑星ファエトンをフライバイした後の軌道設計に適用され、その有用性が示されている。

尾崎さんたちは「経験」をモデル化するため、ディープニューラルネットワーク(DNN)によって軌道最適化問題の結果を近似するサロゲートモデル(入出力関係を近似的に模擬するブラックボックスモデル)を構築した。DNN等の機械学習アプローチを用いる場合、膨大な軌道データベースを生成するための計算時間がボトルネックとなるが、研究チームは最適性の条件を満たす擬似小天体を導入することにより、同一の計算時間で10倍以上のデータ生成が可能なデータベース生成手法を確立した。

構築されたサロゲートモデルは、打ち上げ時期や小天体の軌道によらず普遍的に利用可能で、新しいミッションの検討にも再利用できる。そのため、今後他の軌道に関して同様に普遍的なサロゲートモデルを構築できれば、軌道設計の専門家が持つ「経験」をモデルとして共有することができるかもしれない。そうなれば、専門家に頼らない飛行ルートの決定という世界が拓けると期待される。

研究チームが達成した小天体フライバイサイクラー軌道は、年間数十m/s程度の小さな速度変化でも達成可能である。また、「地球→小惑星X→地球」という軌道遷移に要する時間は、約半年、約1年、約1.4年、約1.5年…と不連続に存在し、この軌道を採用すると、ほとんど燃料を消費せずに半年~数年に1個の頻度でマルチフライバイが実現できる。燃料をほぼ必要としない超小型探査機による探査も可能となるので、これを複数機打ち上げれば、数か月に1個の頻度で小天体を直接探査することもできるかもしれない。

小天体フライバイサイクラー軌道の概要図
今回の研究で達成された小天体フライバイサイクラー軌道の概要図(左:太陽中心/右:地球中心、太陽地球固定)。画像クリックで表示拡大

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