火星のクレーターに記録された6億年の氷の変遷

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探査機による火星の高解像度データから、中緯度に存在するクレーター内の氷の分布と変遷が復元され、自転軸の傾きの変動に伴う大規模な気候変化が起こったことが示された。惑星の気候進化の理解と将来の水資源利用に貢献する成果だ。

【2025年9月10日 岡山大学

現在の火星は寒冷かつ乾燥した気候で、表面に液体の水や氷は存在しない。しかし、これまでの研究から、太古の火星にが存在していた証拠が得られている。

現在と太古の火星表面の想像イラスト
火星表面のイラスト。(左)現在、(右)太古の想像図(提供:NASA's Goddard Space Flight Center

また、過去にクレーター内部に氷が蓄積していた痕跡が残されていることも明らかになっているが、クレーター内の氷が「いつ、どこで、どのような条件で」形成され、数億年の時を経てどのように変化してきたのかについては、依然明らかになっていない。

岡山大学惑星物質研究所のTrishit Rujさんたちの研究チームは、NASAの火星探査機MROに搭載されている高解像度カメラ「HiRISE」と低解像度カメラ「CTX」が取得した画像データを用いて、火星の中緯度に存在する750以上のクレーターを詳細に調べ、氷に関連する地形の詳細なマッピングとクレーターの年代測定を行った。さらに、その結果と気候シミュレーションを組み合わせて、過去約6億年間にわたる氷の分布と変遷を復元した。

その結果、氷は地質学的年代を通じて一貫して、日射量が低下し影ができやすい「コールドトラップ」によってクレーター内部の南西側に多く蓄積していることがわかった。さらに、氷の蓄積が一度きりではなく、複数回にわたって起こっていたことも明らかになった。

また、時期ごとに氷の供給方向や厚さは異なっていて、その原因として火星の自転軸の傾き(斜度)変動に伴う大規模な気候変化があったことが示された。

自転軸の傾きの変動に伴う氷の移動と蓄積
自転軸の傾きの変動に伴う氷の移動と蓄積。(上段)自転軸の傾きが大きくなると、氷が極域から中緯度のクレーターへ移動する。(中段左)クレーター内部の南西側という限られた範囲にのみ氷の薄い蓄積が見られる例、(中段右)より広い面積に氷が厚く蓄積しているクレーターの例。赤の破線が両クレーター内で最も温度の低い南西側領域を示す。(下段)中段のクレーター2つの内部の氷のイラスト。赤の破線がクレーター内で最も温度の低い南西側領域、水色が蓄積した氷を示し、色が濃いほど蓄積度合が高い。画像クリックで表示拡大(提供:岡山大学リリース)

とくに、約6億4000万年前には火星は厚く広範囲な氷に覆われていたが、その後数億年にわたって氷の量は減少を続け、最も最近の氷の蓄積時に当たる約9800万年前には、限られた小規模な場所にしか存在しなくなっていた。これは、火星が氷を蓄積しやすい湿潤な時代から氷を保持しにくい寒冷で乾燥した時代へと移行したことを示している。

今回明らかになった火星中緯度における氷の蓄積史は、惑星の気候進化を理解する上で重要な手がかりとなる。さらに、将来の探査機着陸地点の選定や、有人探査に向けた水資源確保の戦略立案にも大きく貢献する知見となる。かつて生命が存在し得た環境を特定し、火星での生命の痕跡探索を進める上でも重要な指針となるだろう。

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