天文との出会い
第11回 「中川流・月の楽しみ方」

Writer:中川 昇

《中川昇プロフィール》

1962年東京生まれ。46才。小学3年生で天文に目覚め、以来天文一筋37年。ビクセン、アトム、トミーと望遠鏡関連の業務に従事。現在、株式会社トミーテックボーグ担当責任者。千葉天体写真協会会長、ちばサイエンスの会会員、鴨川天体観測所メンバー、奈良市観光大使。

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今回は月の話です。私が一番好きな天体は、誰がなんと言おうと断然「月」です。月は、多くの天文ファンから、暗い星を見えなくする邪魔な天体と思われていますが、実にもったない話です。これは、月の面白さや楽しさが十分に伝わっていないせいだと思います。そこで、少しでも月のファンが増えるように、その魅力を語ってみたいと思います。

「天体写真は、月に始まり月に終わる」という言葉があります。これは、月は天体写真の被写体の中でも、最初に撮影される親しみやすい対象でありながら、追求していくと一生かかっても終わりがないほど非常に奥が深いということを表したものです。それでは、月のどこが人々をそれほど惹きつけるのでしょうか?私の分析は、以下の通りです。

  1. 月齢により、見どころが変化する。
  2. 同じ地形でも、月齢により、違った表情顔を見せてくれる。
  3. 同じ月齢でも、秤動で地形が違って見える。
  4. 同じ月齢、同じ欠け際でも気流状態や高度によって見え方が変化する。
  5. 欠け際の同じ地形を時間を置いて見ると、変化が観察できる。
  6. 月の通り道(白道)と地平線の傾きの問題から、三日月は春、上弦の月は初夏、下弦の月は夏、満月は冬など、季節によって見頃の月齢がある。

他にもたくさんありますが、一言でいうと、「月は天体の中でも圧倒的に変化が楽しめる天体」であるということです。その日見えている月面は二度と見られないといえるほど、実は貴重な姿です。その証拠に、以前撮影した月面写真をみると、その欠け際の姿から撮影日や時間が特定できるほどです。このように月のことを知れば知るほど、月のことが気になり始めます。天文ファンであるのに月の魅力を知らないでいることは、天体観測という趣味の面白さの半分を自ら放棄しているとさえ言えます。

それでは、具体的にお勧めする「中川昇 月面の名所ベスト5」を以下にご紹介しますので、参考にしてみてください。

第1位:真夏の明け方に見る下弦の月

下弦の月

寝苦しい真夏の夜こそ、最高の気流状態の下で素晴らしい月面を詳細に見ることが出来ます。私は最初に最高の条件で見た月面を忘れられません。小さな二次クレーターや割れ目がクッキリと見えて、自分の望遠鏡はこんなに良く見えたのか!と感動しました。「ティコ」や「グラビウス」、「雨の海」、「アペニン・コーカサス山脈」など "月面銀座通り "と呼ばれる地形を一度に楽しむことができます。

第2位:真夏の真夜中にみるアルタイ断崖

アルタイ断崖

1位と同じく真夏の寝苦しい夜、月齢18前後の月を見ると「アルタイ断崖」と呼ばれる崖状の地形が目に付きます。私はこの崖がとても好きで、見るだけでときめきます。さらにはシャープなアルタイ断崖の写真が撮れると、天に昇るほど嬉しくなります。この北側にはアポロ11号の着陸地点である「静かの海」や「ラモント」と呼ばれる海の隆起が見えます。

第3位:春の夕方に見える三日月

三日月

春の夕方、西の空に残る三日月です。ポイントは「危難の海」と呼ばれる楕円形の小さな海で、この海が欠け際にくるとドキドキします。海の中の小クレーターや海の周囲を囲む独特の地形が、とても美しいものです。また、"東側火口列"と呼ばれるクレーターの列も見事に1列に並んでおり、4つの大きなクレーターがもつ特長の違いを楽しめます。

第4位:冬の澄んだ空で、高く輝く満月

満月

従来から、満月は望遠鏡でみると地形に影が出来ず、あまり面白くないと言われてきましたが、そんなことはありません。まず、月の表側の全面が一度に見えること、これは満月ならではです。確かにクレーターは見にくいのですが、月の海の色の違いや、クレーターから出ている光条の個性は、満月でないと比較が出来ません。

第5位:初秋の早朝、東の空から昇る逆三日月

この月齢は、早起きが必要なので、見ることも撮ることも難しい月齢です。その代わり、条件に恵まれると、「えっ、月にはこんな表情があったの?」という程、ふだん見慣れている月面とは表情を異にする地形が楽しめます。特に小さな深いクレーターが、海の中で真っ黒な姿をみせる光景は不気味なほどです。欠け際も満月前と同じ地形とは思えません。

以上が、望遠鏡を使ったいわば見どころです。興味深いのは、季節や時間、そして見どころが結びついている点です。月の楽しみ方はそれだけではありません。以下に、新しい月の楽しみ方をご提案しましょう。それは、「月の出入りに注目しよう!」ということです。

薬師寺と満月

毎年、夏に開催している「星の写真展(連載第9回参照)」の人気投票で、毎回上位にランクされる月の写真があります。それは、「薬師寺から昇る満月」の写真です。この写真は、 奈良が生んだ名写真家入江泰吉さんの作品とほぼ同じ構図になっています。入江さんの作品に感銘を受けた私は、ぜひ自分でも撮ってみたいと考え、いろいろ調べてみました。

すると、この写真は1枚撮りではなく、合成写真であることがわかりました。そして、満月が薬師寺の塔の真ん中にくるのは年に1回(11月前後)しかなく、さらに、塔にまだ太陽が当たっている状態で、満月が塔の間から昇ってくるタイミングは、満月直前の1日しかないということがわかりました。

このほか、天気の問題や数年に1度しか週末にかからないということを考えると、かなり困難な撮影対象であることがわかりました。入江先生が合成撮影をせざるを得ない状況がよくわかりました。さらにこの場所が、地元で有名な場所取りの難しいポイントであることもわかりました。

薬師寺と満月II

というわけで、2001年に満を持してこの地を初めて訪れたのです。このときは非常に幸運なことに天気に恵まれ、本作品を得ることが出来ました。その後、5度ほどチャレンジしていますが、いずれも失敗に終わりました。2007年は11月24日(土)の夕方がチャンスです。さらに詳細な情報は、ボーグのホームページに掲載予定です。今年は幸い土曜日なので、私も行く予定にしています。興味のある方は、当日現地でお会いしましょう。

昇る満月 昇る満月

実は、以前から富士山に沈む月や富士山から昇る月を追いかけている人たちがいて、その月を「月影の富士」と呼ぶそうです。また、三重県には、有名な二見浦の夫婦岩があります。岩の間に富士山を配置して、富士山後方から昇る満月を撮った天文ファンもいます。富士山頂に出入りする太陽は「ダイヤモンド富士」と呼ばれていて有名なのですが、月の出入りはまだまだマイナーです。ただ、これからは月の出入りも、撮影対象として注目されていくと思います。

また、望遠鏡による月面写真も、ペンタックスのK10D、K100D等のボデイー内手振れ補正機能により、手持ちによる月面撮影が可能な時代になりました。月面写真を撮るのに大げさな赤道儀はいらなくなりました。三脚さえもいらない時代が来たのです。もっと気軽にもっとシンプルに月面写真を撮ることにより、月を身近に感じる人が一人でも増えたら嬉しく思います。

中秋の名月は9月25日に終わりましたが、「後の名月」「十三夜」が今年は10月23日にあります。月にまつわる話は深すぎて、とても1回では書き尽せませんので、この連載の中でも折に触れて書いてみたいと思います。

次回は、秋の行楽シーズンにもなりますので、天文とのつながりも深い「悠久の都、奈良」の話をしたいと思います。皆さんが「奈良に行ってみたい」という内容にするつもりです。

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