「幻の物質」が明かす太陽系の起源
【2021年3月9日 国立極地研究所】
隕石に含まれる元素の割合は、太陽系誕生から惑星形成に至るまでの過程について多くを物語ってくれる。隕石の起源である小惑星は、太陽系形成時に固まった鉱物を変化させることなく保持してきたと考えられるからだ。ただし、元素の中には一定の寿命で放射線を出して別の元素に変化してしまう放射性同位体がある。特に寿命が短いものは、太陽系形成時は存在していても現在は残っておらず、消滅核種と呼ばれる。
金属の一種であるニオブの同位体、ニオブ92(92Nb)も消滅核種の一つである。安定同位体であるニオブ93に対してニオブ92が太陽系誕生時にどれだけ存在していたかは、太陽系初期の歴史のみならず、太陽系の材料となった元素がどのように合成されたかを知る上で極めて重要と考えられている。
消滅核種がかつて存在していたことは、壊変後に残る安定核種が、その分だけ過剰に検出されることでわかる。ニオブ92の場合は半減期3700万年、つまり3700万年で半分ずつが壊変するペースで、安定核種のジルコニウム92(92Zr)になる。ジルコニウムには複数の安定同位体があり、その割合はどこでも一定なので、隕石中のジルコニウム92が本来の割合よりも多ければ、ニオブ92に由来するはずだ。さらに同じ隕石中のニオブ93と比較することで、太陽系誕生時のニオブ92とニオブ93の存在比(92Nb/93Nb)を求められる。
通常、隕石中に元から存在したジルコニウム92に対して、ニオブ92の壊変で生じた過剰ジルコニウム92の割合は小さい。そのため、計算には大きな誤差が生じがちだった。これを解決するには、隕石が形成された際にニオブを多く取り込んだ鉱物を分析する必要がある。
東京工業大学の羽場麻希子さんたちの研究チームは、「メソシデライト」と呼ばれる隕石グループに着目した。羽場さんたちは、メソシデライトの起源が45.25億年前に小惑星ベスタで起こった、中心の金属核に達するほどの大規模な衝突であることを明らかにしている(参照:「ベスタの分厚い地殻を形成した巨大衝突」)。メソシデライトでは金属と岩石が混合しているが、チタン鉱物のルチル(TiO2)に多量のニオブが取り込まれていることが明らかになった。
研究チームは4つのメソシデライト隕石からルチルを取り出して分析し、ニオブ93が多く含まれているほどジルコニウム92の過剰が見られる、すなわち隕石形成時に存在したニオブ92の量が多いことを明らかにした。この結果から、ベスタで大規模衝突が起こった45.25億年前の時点における92Nb/93Nbが求められ、さらに太陽系形成時点である45.67億年前まで逆算して、92Nb/93Nb = (1.66 ± 0.10) × 10-5、すなわちニオブ92の量はニオブ93の約0.0000166倍だったという結果を得た。従来の推計値と比べて6倍も精度が向上している。
今回はあらかじめ別の方法で形成年代がわかっている隕石を使ってニオブの存在比を求めたが、この結果を使えば逆に、隕石や探査機の回収サンプルについてニオブとジルコニウムを使った高精度な年代測定が行えると期待される。
ニオブのような鉄より重い元素は基本的に超新星爆発によって生成されたと考えられる。超新星の代表的なタイプとして、白色矮星が暴走的な核融合反応で爆発するIa型超新星と大質量星が生涯の最期に重力崩壊を起こすII型超新星が挙げられるが、ニオブ92はどちらでも生成されうる。仮に太陽系形成時のニオブ92が全てIa型超新星で生成されたと仮定すると、爆発から540万年以内に太陽系が誕生した計算になるという。
ところが、もっぱらIa型超新星爆発で生成されたと考えられる消滅核種であるサマリウム146(146Sm)からは、Ia型超新星から太陽系誕生までの時間ははるかに長いと見積もられている。この食い違いは、ニオブ92の生成にII型超新星も関わっていることで説明できる。つまり、私たちの材料となった超新星爆発は少なくとも2回あったと言えそうだ。
〈参照〉
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