月の水は土壌粒子内部の「すき間」で生まれる

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月の土壌粒子内の微小な空隙に太陽風が入り込んで水分子ができるというしくみがシミュレーションで示された。月の水の起源を理解する重要な手がかりとなる成果だ。

【2026年2月13日 東京大学大学院 理学系研究科・理学部

近い将来の有人月面活動では、飲料水や酸素、ロケット燃料などの材料となる水を月面で調達することが重要な課題となっている。実際、月の表面にはOH(ヒドロキシ基)やH2Oの形で水が存在していることが、様々な観測から示唆されている。

この月面の水の起源としては、マグマ中に含まれていたという説や隕石で運ばれたという説など、様々な仮説があるが、有力な説の一つは太陽風に含まれている陽子(水素原子核)だ。

月の土壌を形づくる物質には酸素(O)原子が含まれているため、月面に降り注いだ陽子(H)が土壌の中で減速し、O原子と結びつくことでOHができる。しかし、水(H2O)ができるためにはOHにH原子がもう1個結合する必要があり、単純に陽子が月面に降り注いだだけでは水分子はあまりできないことが過去の研究からわかっている。

そのため、太陽風でOHが形成されたところにさらに微小隕石が衝突することでH2Oが形成されるという説や、たくさんのOHが月面の物質表面に拡散して隣り合うことでH2Oになるといった説が提案されている。

クラビウスクレーター
月の南半球に位置するクラビウスクレーター(撮影:佐々木一男さん)。過去の探査でクレーター内の砂から水分子が検出されている。画像クリックで天体写真ギャラリーのページ

一方、アポロ計画で採取された月の土壌の分析から、月の土壌粒子には宇宙風化の影響で直径数~数十nm(1nm=10億分の1m。原子の大きさは0.1nmほど)の空隙ができていて、この空隙にH2Oや水素分子(H2)などが多く集まっていることが知られている。

東京大学の庄司大悟さんは、こうした分析結果をヒントにして、月面の土壌物質に衝突して減速した太陽風の水素原子が空隙でどのような反応を起こすのかを分子動力学シミュレーションで調べた。

空隙の壁面には、土壌粒子の物質を形づくるO原子が露出していて、これらのO原子の多くは化学結合の“腕”(価電子)が余った状態(「ダングリングボンド」と呼ぶ)になっている。ここにH原子が近づくと、O原子のダングリングボンドにH原子が結合しようとする。そのため、土壌粒子に入り込んだH原子は、空隙の壁面にあるO原子に集中的に捕獲されて、壁面では他の領域よりもOH基の個数密度が高くなる(下図a, b)。

この状態で、OH基のOにさらにH原子が捕獲されると水(H2O)になるが、これまでの研究ではその頻度は低いと見積もられていた。しかし、庄司さんのシミュレーションでは、空隙の壁面はOHの個数密度が高いため、Hが2個結合するOも増えることがわかった(下図c, d)。

庄司さんが月面物質の主要鉱物である「斜長石」を想定したシミュレーションを行ったところ、月の1日(約29.5地球日)換算で数日間にわたって太陽風の照射を受けると、斜長石の空隙の周辺では、重量比で数%にもなるたくさんのH2O分子が形成されるという結果が得られた。

この結果から、微小隕石の衝突やOHの拡散などが働かない場合でも、月面で多くの水分子(H2O)が形成されうること、また、土壌粒子の空隙が水の生成にとって重要な場となることが明らかになった。ただし、月面の粒子にどのようにして空隙が形成されていくのかについてはまだ完全には解明されておらず、さらなる研究が必要だ。

空隙壁面でのH2O形成
空隙の壁面でH2O分子が形成されるシミュレーション。ダングリングボンドを持つ壁面の酸素(O)原子に、減速された水素(H)原子が近づくと、Hが捕獲されてOHができる(a, b)。こうして空隙の壁ではOHの個数密度が上がるため、2個目のH原子が捕獲される頻度も上がり、H2Oが形成される(c, d)。このシミュレーションでは物質として斜長石を想定しており、赤が酸素、青が水素、灰色がケイ素、緑がカルシウム、黄色がアルミニウムの原子をそれぞれ表している(提供:東京大学リリース)

また、土壌粒子の空隙には、壁の一部が外部とつながっている(=開いている)ものもあることが知られている。庄司さんは、こうした開いている空隙の壁面で形成されたH2Oの挙動についてもシミュレーションを行い、開いた空隙でできたH2Oは閉じた空隙でできたものよりも外に逃げやすいことを確認した。逃げたH2O分子は月面上の低温の場所に氷として凝縮する可能性があり、空隙の状態によって水分子のその後の進化の様子が異なることも考えられる。

閉じた空隙と開いた空隙でのH2O分子の進化の違い
閉じた空隙と開いた空隙でのH2O分子の進化の違い。閉じた空隙の中で形成されたH2Oは外に逃げずに留まる。これまでにアポロ計画の試料分析で検出されたH2やH2Oはこうしてできた分子と考えられる。一方、開いた空隙でできたH2Oは土壌粒子の外に逃げていき、低温の領域で氷として凝縮する可能性がある

月面の水がどんな形で存在するかは、将来の有人探査における水資源の利用方法にも大きな影響を与える。今回の成果は、月の水がどこでどのように生まれ、どのように蓄えられるのかを理解する重要な手がかりとなるものだ。