火星の海は約32億年前に消失、その後も局所的な湖環境が存在した可能性

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水槽実験で火星のデルタ地形の形成条件を明らかにし、その分布と形成年代を調べた研究から、約32億年前に火星北部の広大な海が消失したことが示され、それ以降にも局所的な湖環境が存在していた可能性も示唆された。

【2026年10月13日 高知大学】

現在の火星は平均気温がマイナス60℃と寒冷で乾燥していて、地表に液体の水は存在しないが、太古の火星では液体の水が地表に存在し、長期的な水活動があったと考えられている。とくに北部の低地には海岸線状の地形が広く分布し、広大な海の存在を示す証拠の一つとされる。一方、広大な海は存在せず湖沼環境が点在していたとする説もあり、海の存在や消失時期をめぐって議論が続いている。

ゲール・クレーター
NASAの火星探査車「キュリオシティ」が、火星の赤道付近にある「ゲール・クレーター」の中央にそびえるシャープ山の麓に広がる傾斜地形「グリーンヒュー・ペディメント(Greenheugh Pediment)」を登って撮影した景色。手前にグリーンヒュー・ペディメントの砂岩の層が見え、中央に粘土を含む層、遠方にクレーターの底部が見える(提供:NASA/JPL-Caltech/MSSS)

岡山大学(研究当時)の鬼頭蓮さん、高知大学の長谷川精さんを中心とする研究チームは、川が海や湖に流れ込む場所にできるデルタ地形に注目し、火星の水環境を調べた。火星のデルタ地形は地球のものと共通する特徴を持ち、過去の水環境を解明する重要な手がかりと考えられている。

研究チームはまず長崎大学の実験水槽を用いて、海退(海岸線の海側への後退)を模擬した実験を行った。その結果、水位が急速に下降すると、チャネル(流路)の分岐や横方向への移動が抑制され、海側へ細長いロブ(堆積地形)が伸びていくことがわかった。研究チームは海退によって形成されたこのタイプのデルタを「ロブ伸長型デルタ」と呼ぶことにした。

ロブ伸長型デルタとその火星類似地形
海退で形成されたデルタ地形「ロブ伸長型デルタ」と、火星で見つかったその類似地形(提供:高知大学リリース、以下同)

一方、水位が上昇すると、段々状の地形を持つデルタが形成された。水位上昇に伴って堆積域が陸側へ後退し、以前の湖岸まで堆積物が届かなくなることで形成されるものだ。研究チームはこちらを「ステップファンデルタ」と呼ぶことにした。

ステップファンデルタとその火星類似地形
閉鎖盆地内で水位が上昇することで形成された「ステップファンデルタ」と、火星で見つかったその類似地形

次に、NASAの火星探査機による観測データから実際の火星の地形を調べたところ、水槽実験で形成された2種類の地形に類似した地形が複数地点で確認された。

このうち、水位下降で形成されるロブ伸長型デルタは、先行研究で推定されていた広大な海の海岸線付近に位置していることがわかった。また、デルタを形成した川の流れも、広大な海があったと考えられている北部低地に向かっていた。

一方、水位上昇で形成されるステップファンデルタは海岸線から離れており、流入河川はあるが流出口はない閉鎖盆地内に分布していた。その標高分布は幅広く、海岸線よりもはるかに高い場所にも及ぶ。加えて、デルタを形成した川も、海に向かう方向だけでなく、様々な方向へ流れていた。

火星表層の2つのデルタ地形の分布
今回の研究が明らかにした火星表層の2種類のデルタ地形の分布。海退で形成されるロブ伸長型デルタは海岸線付近に集中しているのに対し、水位上昇によって形成されるステップファンデルタは様々な標高に認められる

続いて、クレーター解析に基づく年代測定を行ったところ、ロブ伸長型デルタの形成年代が約38~32億年前であることが示された。また、水位が変化しない条件で形成されるタイプのチャネル分流型デルタも、同様に約38~32億年前の年代を示した。この年代は、先行研究で海の存在を示すとされてきた地形の形成時期ともよく一致している。約38~32億年前には北部低地に広大な海が存在し、約32億年前ごろに大規模な海退によって海が消失したことを示す結果だ。

一方、ステップファンデルタは主に約21~1億年前という、ロブ伸長型デルタよりも明らかに若い年代を示した。海が消失した後も、火星表面に局所的な湖環境がたびたび形成されていたことが示唆される。そのような湖環境が形成された理由として、火山活動や隕石衝突による加熱などによって氷河が融解したり、地下水が供給されたりした可能性が考えられている。

また、約32~21億年前にはどちらのタイプのデルタ地形も形成が確認されなかった。この期間は、デルタを形成するような水活動が(まったくなかったわけではないにせよ)低調だったのかもしれない。

デルタ地形と他の流水関連地形の年代と標高分布
デルタ地形と他の流水関連地形の年代と標高分布の関係性。緑色と黄色の点線は、先行研究で推定されている太古の海岸線の標高。ロブ伸長型デルタとチャネル分流型デルタは38~32億年前の太古の海岸線の標高範囲に集中し、ステップファンデルタは21億年前以降の地質学的に若い時代に形成され、幅広い標高に分布している

今回の研究は、火星の海が存在した時期と、その後の水環境の変化を示し、火星の環境進化史や生命生存に適した(ハビタブルな)環境の持続性を考える上で重要な成果といえる。約21億年前以降にも火星表層で局所的ながら水活動があった可能性が示唆されたことから、太古の火星に存在したハビタブル環境が、約32億年前の海の消失後も一部の地域で形成されていた可能性も考えられる。ただし、ステップファンデルタを形成した湖は短期間で消えた可能性が高く、生命活動を支えるような長期間のハビタブル環境が維持されていたかどうかを明らかにすることは、今後の課題となる。

火星の表層環境変遷の歴史
火星の表層環境変遷の歴史。今回の研究により、海の消失が約32億年前であることが示された