彗星にはなぜ重い窒素が多いのか

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太陽系全体の「窒素15」と「窒素14」の存在比と、隕石や彗星といった太陽系始原物質などに含まれる窒素同位体の存在比は異なっている。この存在比異常を引き起こすメカニズムが数値計算から明らかにされた。

【2018年5月8日 筑波大学東京大学大学院理学系研究科・理学部

生命にとって不可欠な物質である窒素は、宇宙で5番目に豊富に存在する元素である。通常の窒素は質量数が14(窒素14、14N)だが、太陽系の質量の大部分を占める太陽には、質量数15の窒素(窒素15、15N)が約440分の1の割合で含まれている。

したがって、太陽系全体でも、元素としての「窒素15」と「窒素14」の存在比は440分の1だ。しかし、隕石や彗星など、太陽系形成時の情報を保持すると考えられる固体物質(太陽系始原物質)では、窒素15と窒素14の存在比が440分の1よりも高いことが知られている。

一方、新しい恒星や惑星の誕生現場である星間分子雲における窒素同位体の観測も近年進められており、分子雲ガスに含まれる窒素15と窒素14の存在比は、分子雲全体の元素存在比よりも低いことがわかってきている。

巨大分子雲「いっかくじゅう座R2」の中心領域
巨大分子雲「いっかくじゅう座R2」の中心領域(提供:ESA/Herschel/PACS/SPIRE/HOBYS Key Programme consortium)

太陽系始原物質では窒素15の割合が高く(窒素15が多く)、分子雲ガスでは反対に窒素15の割合が低い(窒素15が少ない)という窒素同位体の存在比の異常は、太陽系の物質的起源について重要な情報を持つと考えられる。しかし、どのようなメカニズムによって窒素同位体存在比の異常が引き起こされるのかは、これまでわかっていなかった。

筑波大学計算科学研究センターの古家健次さんと東京大学大学院理学系研究科の相川祐理さんは、希薄な星間ガスから分子雲が形成される過程における、窒素同位体を含む化学反応ネットワークモデルの数値計算を行った。

分子雲の中の分子ガスや氷は、化学反応や分子の星間塵表面への吸着や昇華といった様々な物理的化学的な素過程で生成されたり壊れたりする。ネットワークモデルとは、これらの素過程を書き表した反応速度式を解くことによって、分子雲環境下でどのような分子がどの程度存在するかを理論的に予測する手法だ。

計算の結果、窒素分子(N2)を解離する波長の紫外線が分子雲の表面付近に存在する窒素分子に吸収され弱くなるために分子雲内部の窒素分子が解離しにくくなる「自己遮蔽効果」と、星間塵の表面でのアンモニア氷の生成とによって、分子雲の段階ではガスには窒素15が少なく、氷を含む固体には窒素15が多くなることがわかった。

この状態は、恒星の近くで氷の昇華が起こるまで保持されるため、元素存在比と比較して、分子雲ガスでは窒素15が少ないこと、および惑星系の材料となりうる固体物質や彗星などで窒素15が多いことを同時に説明できる。

窒素同位体の存在比異常を引き起こすメカニズムの概念図
分子雲において窒素同位体の存在比異常を引き起こすメカニズムの概念図。星間紫外線に照らされている分子雲の表面では、14N2とその同位体である14N15Nは光解離が効率的に起こるため、安定的に存在することができない。分子雲の内部では、14N2は自己遮蔽効果により光解離の効率が落ちるが、存在量の少ない14N15Nは自己遮蔽効果が効きづらく、効率的に光解離する。そのため、窒素原子が星間塵表面反応により氷に取り込まれて、ガスは窒素15に乏しく、氷は窒素15に富むようになる。希薄な星間ガスから分子雲ができる際、ガスは必ずこのような領域を通過するため、同位体の存在比の異常は分子雲全体に及ぶ(提供:筑波大学リリースページより)

本研究により、星・惑星系形成領域に含まれる物質の窒素同位体の存在比異常を引き起こすメカニズムが初めて明らかになった。今後、窒素同位体の存在比を利用して、太陽系を含め恒星と惑星系が生まれる際の物質進化の理解がさらに進むことが期待される。

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