「メタンの衛星」タイタン
【2006年8月2日 NASA News Releases、NASA Mission News】
雨が降り、地面に液体が流れてたまり、やがて蒸発して雲になる…このような循環が知られている天体は、今まで「水の惑星」地球しかなかった。だが、土星探査機カッシーニと子機ホイヘンスの活躍によって、衛星タイタンでもほとんど同じ事が起きていることがわかってきた。循環するのが水ではなく、メタンである点を除けばの話だが。
タイタンの北極は湖だらけ
NASAとESAの探査機カッシーニは、タイタンに接近するたびにレーダーで表面を撮影し地球に送ってきている。そこからはさまざまな地形を見つけることができるが、科学者が一番関心をもって探しているのはなんと言っても「海」や「湖」だろう。
タイタンの最大の特徴は、濃い大気を持つことだ。大部分は窒素だが、メタンなどの炭化水素によって可視光では見通せないほどのスモッグが形成されている。さながら、湯気が充満した浴室のようなもので、それならば浴槽がどこかにあると考えるのが自然だ。
ただし、熱い風呂を想像してはいけない。メタンはすぐに蒸発してしまうからだ。逆に、比較的気温の低い極地方を探した方がよいと言われていて、実際過去に南極地方で湖らしき地形が見つかったことがある。そして今回、北極地方でも同じようなものが見つかった。それも、多くの関係者に強い確信を持たせるほど大量にである。
「タイタンの上でこんなに黒いものを見たことはありません」と米国地質調査所のLarry Soderblom氏は語る。天体の表面をレーダー撮影すると、なめらかで電波を反射しにくい部分は黒く写る傾向がある。それは液体である可能性がひじょうに高い。こうした、湖の候補である真っ黒な地形はなんと数十個も見つかった。「まるで、タイタンの北極周辺に誰かが射的の的でも設置したかのようです」
はたして、カッシーニは本当に科学者たちが狙っていた的を射抜いているのか?今後、同じ領域を再び撮影して確かめねばならない。もし本物の湖であれば、気候変動によって水位が変わったり、風によって表面にさざ波が立っているのが写るはずだからだ。
砂漠並の降水量でも、地面は常にぬかるんでいる
タイタンには「雨雲」があり、いつも霧雨が降っているようだ。ドイツ・ケルン大学の戸叶哲也氏を中心としたグループが明らかにした。
カッシーニの子機、ホイヘンスから送られてきたデータを解析した結果によれば、タイタンには二層の雲がある。高度20〜30キロメートルのあたりに凍ったメタンの粒でできた雲があり、少しへだてて高度10キロメートル付近に液体のメタンを含む薄い雲があるようだ。シミュレーションによれば、下層の薄い雲はタイタン全土の半分程度を覆っているらしい。そして、この雲が雨をもたらしているという。
降水量は、1年あたり50ミリメートルと見積もられた。ずいぶん少なく感じられるかもしれないが、タイタンの霧雨は降ったりやんだりするのではなく、常に少しずつ降っているので、地面をぬらし続けるには十分であるという。ホイヘンスが2005年1月にタイタンへ着陸したとき、ぬかるんだ地面に触ったような衝撃を受けたことも、裏付けとなる。
もちろん、降ったメタンはやがて蒸発して再び雲になっているはずだ。だが、カッシーニとホイヘンスがとらえた地形の数々を考えれば、その途中で川として流れたり湖にたまっている可能性はひじょうに高い。メタンが循環しさまざまな環境と地形を作り出す、それがタイタンなのだ。
タイタン
ホイヘンスが送信してきた表面の画像に写っていた岩石のようなかたまりは丸く角がとれていた。河原の石が受けるような浸食作用でできた可能性も考えられるが、タイタンの表面温度はマイナス170度ほどなので水が流れたとは考えにくく、表面の寒さが和らいだときなどに流れ出したメタンがかかわってできたのかもしれない。ホイヘンスが着陸した際に暖められた地表面からメタンが噴出したことから、メタンがタイタンの環境をかなり左右している可能性が高まっている。(「150のQ&Aで解き明かす 宇宙のなぞ研究室」Q.71 土星の衛星タイタンの大気って地球より濃い? より一部抜粋 [実際の紙面をご覧になれます])