「惑星」の新定義案、総会での採決へ
【2006年8月24日 国立天文台 アストロ・トピックス(232) / IAU newspaper】
国際天文学連合(IAU)の総会で採決される「惑星の定義」の最終案が発表された。「冥王星を除く8つの天体のみを正式な惑星と認める」か、「球状のものをすべて惑星とし、8つの"Classical"(古典的)惑星とそれ以外の"Dwarf"(矮)惑星に分ける」かが決定される。また、"plutonian object"(冥王星型天体)という用語の是非も決定される。
アストロ・トピックスより
16日、21日付けのアストロ・トピックスでお知らせした、国際天文学連合(IAU)総会における惑星の定義に関する議論の続報です。8月14日からチェコのプラハで開催されていた第26回国際天文学連合総会もいよいよ24日が最終日です。現地時間で14時(日本時間で24日21時)より開催される閉会式を前に、閉会式において採決する「惑星の定義」最終提案が公表されましたのでお知らせします。
関連する議案の日本語骨子は、以下のとおりです(日本語の正式名称が定まっていない名称については英語名を表記しました。日本語の正式な名称は今後、日本学術会議や日本天文学会、日本惑星科学会が中心となって検討される予定です)。
国際天文学連合決議:太陽系における惑星の定義
現代の観測によって惑星系に関する我々の理解は変わりつつあり、我々が用いている天体の名称に新しい理解を反映することが重要となってきた。このことは特に「惑星」に当てはまる。「惑星」という名前は、もともとは天球上をさまようように動く光の点という特徴だけから「惑う星」を意味して使われた。近年相次ぐ発見により、我々は、現在までに得られた科学的な情報に基づいて惑星の新しい定義をすることとした。
決議 5A
国際天文学連合はここに、我々の太陽系に属する惑星およびその他の天体に対して以下の3つの明確な種別を定義する:
- 1. 太陽系の惑星(注1)とは、(a)太陽の周りを回り、(b)じゅうぶん大きな質量を持つので、自己重力が固体に働く他の種々の力を上回って重力平衡形状(ほとんど球状の形)を有し、(c)その軌道の近くで他の天体を掃き散らしてしまっている天体である。
- 2. 太陽系のdwarf planetとは、(a)太陽の周りを回り、(b)じゅうぶん大きな質量を持つので、自己重力が固体に働く他の種々の力を上回って重力平衡形状(ほとんど球状の形)を有し(注2)、(c)その軌道の近くで他の天体を掃き散らしていない天体であり、(d)衛星でない天体である。
- 3. 太陽の周りを公転する上記以外の他のすべての天体(注3)は、Small Solar System Bodiesと総称する。
- 注1: 8つの惑星とは、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星である。
- 注2: 基準ぎりぎりの所にある天体をdwarf planetとするか他の種別にするかを決めるIAUの手続きが制定されることになる。
- 注3: これらの天体は、小惑星、ほとんどのトランス・ネプチュニアン天体(訳注1)、彗星、他の小天体を含む。
決議 5B
5Aの決議の1.の“惑星”の前に"classical"を挿入する。つまり:
- 1. 太陽系のclassical planet(注1)とは…、以下同じ。
- 注1: 8つのclassical planet とは、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星である。
冥王星についての決議 6A
国際天文学連合はさらに以下の決議をする:
冥王星は上記の定義によってdwarf planetであり、トランス・ネプチュニアン天体の新しい種族の典型例として認識する。
冥王星についての決議 6B
6Aの決議に加えて、次の一文を入れる:
この種族をplutonian objectsと呼ぶ。
- 訳注1:トランス・ネプチュニアン天体は、今まで国立天文台ではエッジワース・カイパーベルト天体と表記してきました。
8月24日14時(日本時間21時)から始まる総会で、IAUメンバーは上記の決議案について投票を行います。決議案は5A, 5B, 6A, 6Bに分かれて、別々に投票が行れます。
今回の定義は、海王星・冥王星より遠い小天体が最近多数発見されていることなどにより、これまでの太陽系像を改定する科学的必要が生じたもので、2年近い討議と特別委員会での検討、さらに今回の総会中の熱心な科学的討議の結果を受けて修正された決議案です。7名から構成される特別委員会には、国立天文台の渡部潤一助教授が委員として参加しています。
採決の結果が発表されるのは、日本時間では25日未明の予定です。国立天文台では結果がわかり次第、アストロ・トピックスで速報をお知らせする予定です。
「惑星8個」 vs 「惑星12個以上」
採択は、決議5Aと5Bの投票をそれぞれ行った上で、さらに決議6Aと6Bの投票を行うというもの。5Aと5Bの違いは、"classical"(古典的―アストロアーツ編集部訳)の一語を入れるかどうかというだけである。しかし、5Aは実質的に「冥王星を除く8つの天体だけを正式に惑星とし、冥王星を含む天体はそれに準ずる"dwarf planet"(矮惑星―アストロアーツ編集部訳)とする」という案で、5Bは当初の「自己重力で丸くなっているものをすべて惑星とし、惑星を"classical"と"dwarf"の2つのカテゴリーに分ける」という提案をほぼ踏襲したものだ。
6Aと6Bでは、"plutonian objects"(冥王星型天体―アストロアーツ編集部訳)という用語を採用するかどうかが問われる。当初、"pluton"という言葉が提案されたが、「地質用語と同じだ」などとする批判が集中していた。
決議5Bに対する賛成意見と反対意見がIAUの公式新聞に示されているので、紹介しよう(原文は英語、アストロアーツ編集部訳)。
5Bへの反対意見
決議5Bは決議5Aに小さな、しかし重大な変更を加えるというものだ。
懸案は「惑星」の定義である。決議5Aは火曜日の夕方に合意に達した案に近い。そこでは、太陽の周りを回る天体として惑星、矮惑星、小天体の3つの種別を定義することが明示された。さて、文法上暗示される意味というものを無視してはいけない。「惑星」という言葉に「古典的(な)」「矮(小な)」という形容詞をつけることは、暗に惑星とはそれらを含むもっと大きな種別(カテゴリー)だと言うに等しい。これは決議5A、5B両方の第一文(「国際天文学連合はここに、我々の太陽系に属する惑星及びその他の天体に対して以下の3つの明確な種別を定義する」)に矛盾する。すなわち、3つの明確な種別であったものを2つの種別(惑星と小天体)にした上で、惑星をさらに2つの種別に分けるということだ。
「冥王星は惑星か」という質問に対して、2つの決議は異なる答えを与える。5Bは「はい」、5Aは「いいえ」だ。さらに、「惑星はいくつあるか」と問われれば、5Aの元では「8個」となり5Bならば「12個、そして近いうちに少なくとも50個」と答えることになる。惑星の総数は科学者にとって大したことではないかもしれないが、教育と科学普及を考えると深刻な問題だ。
科学者の立場から見ると、現在惑星というものを考えるときに基準となる力学的、あるいは宇宙進化論的要素が、基準5Bでは副次的なものとして追いやられてしまうことは明白だ。基準5Aでは、地球物理学と力学的天文学の双方からの議論が等しく重みを持つ。このようにつりあいのとれた解決策は、第三分科会(惑星システム科学)の会合や惑星定義情報会議でひじょうに強い支持を受けた。
決議5Bは人々に誤解を与えるもので、否決されるべきだ。
5Bへの賛成意見
妥協だ。惑星の定義を決めることは、妥協と歩み寄りがすべてだ。惑星を定義する主要な基準は2つ考えられるが、どちらも同じだけの正当性を持っている。1つは力学的効果で、「軌道上の他の天体をはじき出した」天体(を惑星とする基準)。もう片方は、天体自身の物理的性質に基づく。議論をふりこに例えれば、期間中両方の間をいったり来たりしていた。しかし、今や大きく揺れすぎているのではないだろうか。
決議5Bは、両者の中間点を探ろうというものだ。(「古典的」と「矮」という)修飾語を使うことで、両方の基準を考慮できるし、宇宙に存在するあらゆる種類の惑星を定義できる可能性も残される。特別委員会には「国際的、文化的な観点」に基づき決定をする義務があったが、決議5Bなら、その観点を回復できるだろう。一般の人々が、例えば火星を「惑星」と認識するのは、軌道上に他の天体がなくなったからではなくて、そこが魅力的な世界だからだ。
決議5Bが文化的なもので、ふざけた言葉遊びではないことを証明しよう。次の2つの質問に、どう答えればよいか考えてほしい:「惑星はいくつある?」「冥王星は惑星か?」。5Bに賛成票を投じることは、それぞれに「古典的惑星が8つある一方で、矮惑星はたくさんあるし今後も発見され続けるだろう」「冥王星は惑星だ、ただし矮惑星に分類される」と答えるに等しい。こう答えれば、太陽系の外縁部における革命的な新発見を強調し、伝えることができる。その上、「冥王星は惑星だ、ただし」と述べることで社会的な猛反発を防ぐことができる。この表現が持つ国際的、文化的な重要性を過小評価してはいけない。「惑星」という言葉は等しく共有されるべきだ。