「あかり」最新成果:巨大ブラックホールを囲むガス、60億年前の活発な星形成時代

【2007年4月12日 宇宙科学研究本部 宇宙ニュース

日本の赤外線天文衛星「あかり」の観測対象は、数億光年離れた銀河や、数十億光年先―すなわち宇宙の歴史を大きくさかのぼる世界―にまでおよぶ。日本天文学会で発表された「あかり」の成果で最後に紹介するのは、かなたの銀河で起こっているダイナミックな現象や、銀河の進化に迫るものだ。


巨大ブラックホールを囲むガス

活動銀河核をとりまく星間物質の想像図

活動銀河核をとりまく星間物質の想像図。 明るい部分の中心にブラックホールがあると考えられている。クリックで拡大(提供:中川貴雄氏、白旗麻衣氏、JAXA

この研究は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)教授の中川貴雄氏、同機構研究員の白旗麻衣氏が中心になって行っているもので、3月30日に日本天文学会春季年会で発表された。

超高光度赤外線銀河は、その名前のとおり赤外線で極めて明るく輝く天体で、中心にはブラックホールがあると考えられている。しかし厚い星間物質で覆われている中心領域では、何が起こっているのか明らかではなかった。

赤外線は、星間物質に対して高い透過力を持っている。そのため、ブラックホールが潜む銀河の中心核について、多くの謎を解明することが期待されている。そこで優れた赤外線感度をもつ「あかり」は、近・中間赤外線カメラ(IRC)で超高光度赤外線銀河の一つであるUGC 05101を観測した。UGC 05101は、おおぐま座の方向約5億5000万光年の距離にあり、その中心には太陽の100倍を超える超大質量のブラックホールの存在が指摘されている。

観測で得られた赤外線スペクトルには、分子や原子、イオンの吸収構造、輝線構造(参照:スペクトル線)が見られた。たとえば波長3マイクロメートル付近では、水と氷による吸収が示された。これは銀河全体が摂氏約マイナス200度以下のひじょうに冷たい分子ガスに覆われていることを意味している。

スペクトルの中で研究チームが注目したのは、4.5マイクロメートルから5マイクロメートルの吸収線だ。これは、一酸化炭素(CO)ガスによるエネルギーの吸収と考えられている。吸収スペクトルの帯の幅がひじょうに広いことから、分子ガスの温度は摂氏500度を超える高温の状態にあることが示されたのだ。検出されたガスは、ブラックホールの周辺から放出されるエネルギーによって温められていると考えられる。「あかり」の観測は、超低温のガスに隠された銀河の内側で起こっている極めて活動的な現象を明らかにしたことになる。UGC 05101の中心では、ブラックホールに物質が落ち込むに際に莫大なエネルギーが放出されているのだ。

60億年以上前から活発な星形成

15マイクロメートルの深宇宙探査画像

「あかり」に搭載された近・中間赤外線カメラ(IRC)による15マイクロメートルの深宇宙探査画像。光っている天体はすべて銀河と考えられる。画像の大きさは約10分角。クリックで拡大(提供:和田武彦氏、大薮進喜氏、JAXA

「あかり」による観測で、60億年以上前から数十億年間にわたって、盛んに星が生まれていたことが明らかとなった。宇宙航空研究開発機構(JAXA)助手の和田武彦氏、同機構研究員の大薮進喜氏らを中心したグループによるこの研究は、3月29日に日本天文学会春季年会で発表された。

1995年に打ち上げられたヨーロッパ宇宙機関(ESA)の赤外線天文衛星ISOは、15マイクロメートルの波長による観測で、暗い銀河の数が急激に増える兆候を得ていた。ISOがとらえた15マイクロメートルの光は、約60億年前に遠くの銀河から発せられた7マイクロメートルの光が赤方偏移したものと考えられてきた。星間空間に存在する有機物は特有の光を発しており、まわりの波長に比べて7マイクロメートルあたりで明るくなる。注目すべきは、この有機物が放つ光が、星が盛んに生まれている領域で強くなる点だ。つまり、15マイクロメートルの光による観測によって、赤方偏移した星形成が活発だった時代の光をとらえることができるわけだ。

ISOの観測は、ひじょうに限られた狭い空であったため、銀河の数はわずか24個しかなかった。一方、「あかり」はISOの3倍弱の広さにあたる空を5分の1の時間で観測した。しかも、およそ10倍にあたる280個ほどの銀河を検出した。この結果は、今まで示唆されていたとおり、15マイクロメートルの光によって観測される銀河の数を増加させることになったのだ。同時に、より遠くの銀河も検出することで、銀河の数が減っていないことも確認された。

「あかり」の深宇宙の観測で、60億年以上前に銀河の活動度がすでに高かったことを示唆する重要な成果が得られた。「あかり」は引き続き2マイクロメートルから24マイクロメートルにかけて同様に遠い銀河の探査を行っており、過去から現在に至る銀河の進化の様子が明らかにされることが期待されている。

スペクトル線

原子や分子は特定の波長の電磁波を吸収したり放射したりする性質がある。このためスペクトルの中に暗い線や明るい線構造が見られる。これをスペクトル線という。電磁波が放射され明るくなっているスペクトル線を輝線といい、吸収されて暗くなっているスペクトル線を吸収線(暗線)という。(「最新デジタル宇宙大百科」より)

赤方偏移とは

救急車のサイレンに代表されるドップラー効果と呼ばれる現象がある。接近中の音は波長が縮み、離れるときは波長が伸びる。実は光でも音と同じ現象が起こる。わたしたちに接近してくる光の波長は縮小し、離れていく星からの光の波長は伸びる。離れていく光は赤い方向へずれるため「赤方偏移」と呼ばれる。(「150のQ&Aで解き明かす 宇宙のなぞ研究室」Q.100 銀河までの距離はどうやって測る? より一部抜粋)