液体金属の分離が、火星磁場の運命を決めた

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40億年前の火星には地球のような磁場があったが、今では消失している。その原因は火星コアで液体金属が分離したためだと示唆する実験結果が発表された。

【2022年2月9日 東京大学大学院理学系研究科

火星の表面に残された磁場の研究から、およそ40億年前までは火星にも強い磁場が存在したと考えられている。磁場を生み出したのは地球と同様に、惑星のコア(中心核)で対流する液体金属だったはずだ。ところが太陽風などから火星の大気を保護していたその磁場は消失してしまい、今や火星の大気は、かつて存在していた海もろとも散逸してしまった。

このように火星の運命を大きく変えた磁場の消失が、どのようにして起こったかは謎のままだった。解明するためには、火星の内部構造と、そこにおける液体金属のふるまいについて知る必要がある。

現在の火星コアは主に液体の鉄でできており、火星に起源を持つ隕石の分析から液体鉄に大量の硫黄が含まれていると予測されている。さらに、NASAの火星探査機「インサイト」が2021年に調べた結果によればコアは予想以上に軽く、硫黄以外の軽い元素も鉄に溶け込んでいるとみられている。その有力候補は水素だ。太陽系形成時、小惑星帯より外側から飛来した天体が地球に大量の水をもたらしたが、火星にも多くの水が届いたはずだ。この水を構成する水素は、高温高圧下で鉄に取り込まれやすい。

このように「硫黄」と「水素」という2種類の元素が液体鉄に取り込まれていたことが、火星のコアにおける対流を生み、やがて止める原因となったという。このように考察するのは、東京大学大学院理学系研究科の横尾舜平さんたちの研究チームだ。横尾さんたちは「レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル」と呼ばれる装置で超高圧高温状態を作り出し、鉄‐硫黄‐水素合金を融解させる実験を行った。

その結果、火星コア中心部に相当する40万気圧の高圧を試料にかけた場合、温度が3000K(約2700℃)を超えた液体鉄の中では硫黄と水素が均質に分布するが、それよりも低い温度では硫黄に富む領域と水素に富む領域に分離することがわかった。

つまり、火星のコアと同じ成分である液体鉄‐硫黄‐水素合金は十分な高温高圧下では均一だが、温度が低下すると硫黄が多くて重い部分と水素が多くて軽い部分に分離することになる。圧力と温度を変えた実験から、推定されている現在の火星コアの圧力(約20-40万気圧)と温度(約1700-2200℃)では、液体金属は分離するという結論が得られた。

試料の断面の元素マッピング
低温で液体が分離していた試料(左)と高温で分離していなかった試料(右)を固まってから切断し、硫黄の分布を調べた画像(提供:東京大学大学院理学系研究科リリース、以下同)

火星形成直後はコアが十分高温だったので、均質な液体だったと考えられる。これが冷え始めると分離が始まり、硫黄を多く含む液体の方が重いため、底に沈んでいく。こうしてコアの中がかき混ぜられ、対流によって火星磁場が発生したのだろう。その後、冷却が十分に進むと、液体鉄は重い層と軽い層に分離したことで重力的に安定してしまい、対流が止まる。そして最終的に火星の磁場は消失したというのが、横尾さんたちの研究が示唆するシナリオだ。

コアの対流の促進と抑制の概略図
火星のコアにおける液体鉄の分離によって対流が促進され、やがて抑制される仕組みを表した図

火星コアの構造は、今まさにインサイトの探査によって解明されつつあるところだ。コアの鉄合金に水素が含まれていること、コアが現在でも2層に分離していることが確認できれば、今回の研究結果の裏付けとなる。