「あかつき」の観測データを金星大気の数値モデルと融合

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金星探査機「あかつき」の観測データをシミュレーションに組み込むことで、金星全球にわたる気象データセットが作成された。金星特有の大気現象を解明する糸口になると期待されている。

【2022年9月9日 慶應義塾大学

金星は地球によく似た質量と体積を持つ惑星だが、大気の性質は地球と全く異なる。大気が自転を追い越す向きに高速回転(赤道上層では自転速度の60倍)する「スーパーローテーション」のような特異な現象も見られるが、金星は空全体が硫酸の厚い雲によって覆われていて観測が難しいこともあり、大気の運動に関する理解は十分ではない。

慶應義塾大学自然科学研究教育センターの藤澤由貴子さんたちの研究チームは、金星大気のシミュレーションを行うためのモデルに探査機「あかつき」の観測データを融合させる「データ同化」に取り組んだ。地球や火星の大気モデルではデータ同化が盛んに行われ、気象予報や研究でも成果を挙げているが、金星については発展途上だ。

藤澤さんたちは「あかつき」の観測以前から、金星大気の運動や温度の変化を計算するためのモデル「AFES-Venus」の開発を進めており、雲の巨大な筋状構造の再現や、大気が上下に振動する波である大気重力波の発生メカニズムの発見などといった成果を挙げてきた。さらに、金星大気データ同化システム「ALEDAS-V」を開発し、ヨーロッパ宇宙機関の探査機「ビーナスエクスプレス」の観測データをモデルに同化することで大気現象を再現できることも示していた。

今回の研究ではALEDAS-Vに「あかつき」が観測した水平風速データを適用した。観測されたのは赤道から中緯度にかけての雲頂(高度約70km)で、昼間に吹く風に限られたが、同化によって金星全球にわたる気象データセットが作成された。

今回の研究成果の概念図
今回の研究成果の概念図。「あかつき」の観測データとAFES-Venusの数値シミュレーションの予報データを同化し、金星大気のより「確からしい」状態を時空間的に再現したデータ(客観解析データ)が世界で初めて得られた(提供:慶應義塾大学リリース)

東西風速の高度70kmにおける現地時刻緯度断面図
東西風速の高度70kmにおける現地時刻緯度断面図。(左)「あかつき」の観測結果、(中央)同化なしの大気大循環モデルの結果、(右)同化によって得られた客観解析データ。同化によって客観解析データ(右)が観測データ(左)に近い形に改善されている。また、観測データのない高緯度や夜面にもデータ同化の影響が広がっている(提供:慶應義塾大学リリース)

作成された気象データセットは、観測されている惑星規模の大気波動(熱潮汐波)を全球的に正しく再現している。熱潮汐波はスーパーローテーションの維持に重要な役割を果たすことがわかっているが、大気大循環モデル単体では再現が難しかった現象だ。

数値モデルの不確実性と観測データの間欠性とを補い合い、両者を最大限に活用できる今回の研究成果は、金星大気の運動を解明する新たな糸口となる。今後、スーパーローテーションの成因の解明など、金星大気内部の運動の理解が大きく進むと期待される。

金星と「あかつき」の想像図
金星と「あかつき」の想像図(提供:池下章裕、ISAS/JAXA