初期宇宙のフッ素供給源はウォルフ・ライエ星ではなさそう

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アルマ望遠鏡の観測で、129億年前の銀河からフッ素が検出されなかった。初期宇宙ではウォルフ・ライエ星が主なフッ素供給源とする従来説とは整合せず、供給源は謎のままだ。

【2026年3月4日 東京大学

宇宙に存在する元素は、ビッグバンで作られた水素とヘリウム以外は、星の内部で起こる核融合反応や超新星爆発などによって作られている。そのうち、歯磨き粉などに含まれるフッ素については、現在の宇宙では、太陽程度の質量を持つ星が一生の最期に迎える段階「漸近巨星分枝星(AGB星)」が主な供給源であることが、天の川銀河内の恒星のスペクトル吸収線に含まれるフッ素量の測定からわかっている。

また、大質量星が進化の最終段階に達して強い恒星風を吹き出している状態の「ウォルフ・ライエ(WR)星」や、大質量星の一生の最期に起こす爆発「重力崩壊型超新星」もフッ素の供給源の候補として考えられている。しかし、これらの寄与、とくにWR星については、星内部の物理状態や星の回転などの影響を強く受けるため理論的な予測に大きな不定性があり、その寄与の大きさがはっきりしていない。

フッ素の起源と考えられている3つの天体種族とその出現時期の違い
フッ素の起源と考えられている3つの天体種族とその出現時期の違い(提供:東京大学リリース)

WR星や重力崩壊型超新星といった寿命の短い大質量星の寄与について調べるには、出現までに時間のかかるAGB星がほとんど存在しない宇宙初期を観測し、宇宙初期に形成された非常に古い星に含まれるフッ素量を測定するという方法がある。しかし、このような星ではフッ素の量が極めて少なく観測が難しいため、これまで数えるほどしか観測例がなく、有意な結論が得られていなかった。

近年の研究成果として、約124億年前の銀河からフッ素を含む分子(フッ化水素)の吸収線が検出され、その観測量から、WR星がフッ素生成に寄与している可能性が高いと解釈された例がある。だが、この銀河は性質が十分にわかっていなかったため、WR星の寄与なしに重力崩壊型超新星だけで観測量を説明できる可能性も残されていた。

東京大学の辻田旭慶さんたちの研究チームはWR星の寄与を精度高く検証するため、ビッグバンから9億年後(現在から129億年前)の宇宙に存在する、うみへび座方向の銀河「G09.83808」に着目した。この天体は、この種の銀河としては進化段階がすでに詳しくわかっているきわめて稀な存在であり、理論予測と観測結果との比較によってWR星がどの程度フッ素を供給しているのかを精度良く検証できる。さらに、G09.83808は手前の銀河の重力による強い重力レンズ効果により明るく見えるおかげで、通常の約70分の1の時間で効率良く観測ができる。

G09.83808の想像図
G09.83808の想像図。手前の銀河(オレンジ色)の重力によって、背後にあるG09.83808が2つの弧状の天体として観測されている(提供:国立天文台

アルマ望遠鏡による観測の結果、G09.83808からフッ化水素の有意な信号は検出されなかった。理論予測によると、もしWR星がフッ素合成の主要な起源であれば、今回の観測でフッ化水素が検出されるはずだったが、実際には非検出だった。この銀河においては、WR星がフッ素合成の主要な供給源ではないことが示唆され、宇宙初期においてWR星がフッ素を効率良く供給していたとする従来の考えを見直す必要があることを示している。

アルマ望遠鏡による観測結果
アルマ望遠鏡による観測結果。(上)各輝線の空間分布。一酸化炭素と水の信号ははっきり検出され、重力レンズ効果によって銀河の像が2つに分かれて見えている。一方、フッ化水素の信号は検出されなかった。(下)それぞれの分子のスペクトル。一酸化炭素と水では明瞭な輝線が見えるが、フッ化水素の吸収線は非検出であることがわかる(提供:東京大学リリース、以下同)

観測されたフッ素の存在量と理論モデルの比較
観測されたフッ素の存在量と理論モデルの比較