月探査機スマート1、自分の墓場を下見−ミッションの結末とその先
【2006年9月2日 ESA SMART-1 News(1)、(2)】
スマート1(SMART-1)はESAが開発した初の月探査機である。そのスマート1が9月3日、3年近くに及ぶミッションを終えて月面に衝突する。この様子は数多くの地上望遠鏡で観測される予定だが、それに先立ちスマート1が自らの衝突予定地点を撮影した。
「優秀の湖」に眠る
スマート1はおよそ1年半にわたって月の画像を撮影し続けてきた。その目的は、月面における化学物質の存在を調査することだ。とりわけ、水の氷を探すことが最重要課題とされていた。また、地球に微惑星が衝突したことで月が形成されたとする「ジャイアント・インパクト説」の証拠を探すことも目的の1つだった。今後膨大なデータの解析から成果が生まれることが期待されるが、ひとまずミッションは終わりを迎える。スマート1の月面への衝突によって。
右の画像は、スマート1が8月19日に1200キロメートル上空から衝突地点付近を「下見」した画像だ。赤い印が予想衝突地点、青い線は予想軌道だ。このあたりは「優秀の湖(Lake of Excellence)」と呼ばれ、地球から見て月面の南半球に位置する。高地に囲まれた火山性平原だが、鉱物に不均質性が見られ地質学的に興味深いという。衝突の際に巻き上げられる物質から何かがわかるかもしれない。
このため、ESAの呼びかけで世界中の望遠鏡がスマート1の最期を見届けることになった。その中には、ヨーロッパ南天天文台のVLTや日本のすばる望遠鏡もある。
衝突予定時刻は日本時間で3日の午後2時41分。ただし、その1周前にクレーター「クラウジウス」(画像右下)の盛り上がった外輪に衝突する可能性もある。その場合は、午前9時37分が衝突時刻となるとのことだ。
「はやぶさ」の兄弟分とも言える存在
スマート1はESA初の月探査機であると同時に、将来のさらなる探査に向けてさまざまな技術を試すための装置でもあった。SMARTはSmall Missions for Advanced Research in Technology(先進的な技術研究のための小型ミッション群)の略である。使われた技術の中でも目玉だったのが、イオンエンジン。そう、あの「はやぶさ」も使った推進システムだ。
イオンエンジンは、イオン化した物質(スマート1、「はやぶさ」共にキセノンを使用)を、太陽電池から得た電力で電磁的に加速して噴射し、反作用で推進力を得るという仕組みだ。ロケットのように燃料を燃やす化学エンジンに比べて瞬間的な推力は微々たるものだが、長時間の稼働によって大きな加速を得ることができ、抜群に燃費が安いのが強みである。
2003年9月に打ち上げられたスマート1は、実に16か月もかけて月に到達した。この間、イオンエンジンを断続的に使ってようやく地球の重力を振り切ったのだ。当初、月を探査する期間は2005年1月から半年あまりの予定だった。しかし、残っていた推進剤を効率的に活用することで、1年ほど長く、月の写真を地球に送り続けてきた。
ところで、スマート1と「はやぶさ」が共にイオンエンジンを使っているだけであとは無関係かというと、そうではない。どちらも工学実験衛星としての側面を持っていたことを思い出してほしい。この工学実験が、1つのミッションに結実する予定なのである。
それは2013年に打ち上げが予定されている水星探査機「ベピ・コロンボ」だ。日本とESAがそれぞれ開発する2機の探査機が一体となり、大きな推力を要求される水星への旅にイオンエンジンで挑戦する。イオンエンジンを開発するのはESAだが、スマート1と「はやぶさ」両方の開発・運用経験が活かされるという。
片方は巨大な月に激突する目前で、片方は数百メートルの小惑星にタッチダウンを果たして地球への帰還に挑戦中だ。しかし、数年後に2つの探査機の「魂」は一体となって太陽系第1惑星へ向かう、と言っても過言ではないだろう。
月探査の今後
地球から38万4400キロメートルともっとも近くにある天体であり、活発な探査活動が行われているにもかかわらず、月の内部構造や起源についてはまだよく分かっていない。その謎を解明するため、日本の「SELENE」をはじめ、いくつもの探査計画が進行している。またNASAは、2018年に4人の宇宙飛行士を月面に1週間滞在させることを計画している。(スペースガイド宇宙年鑑2006 より)