小惑星イトカワに地滑り地形

【2007年4月24日 東京大学

小惑星探査機「はやぶさ」がとらえた画像から、小惑星イトカワに地滑りによって形成された地形が発見された。地滑りの原因は、過去に何度か起こった震動によって表面の土砂が流動化したことだ。このような現象が天体全体にわたって起こっている証拠が見つかったのは初めてのケースである。


(小惑星イトカワの画像)

小惑星イトカワ。クリックで拡大(提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))

東京大学の宮本英昭准教授らを中心とした研究グループは、小惑星探査機「はやぶさ」が取得した画像の解析から、小惑星イトカワに地滑りの地形を発見した。この研究成果は学術論文誌「Science」に掲載されることになっているが、特に重要度の高い論文として選ばれ、本誌出版に先立ちオンライン速報版「Science Express(4月19日版)」で公開された。

これまでの研究との関連

イトカワの地滑りは、レゴリスと呼ばれる表土に関する研究で明らかにされた。小惑星では、他の天体の衝突によって地面から岩が巻き上げられたとき、重力が小さいため、表土が天体全土に均一にばらまかれると考えられてきた。その場合、表土の見かけに地域性はないはずだ。しかし「はやぶさ」の画像で見るイトカワには、ごつごつした地域(ラフ・テレイン)と、スムーズな地域(スムーズ・テレイン)とが混在している。つまり地域性がある。今回の研究では、その理由とプロセスが解き明かされたのだ。

イトカワの表面に予想外の岩や砂

小惑星イトカワは、500m程度の大きさの小さくていびつな天体だ。このような小さな天体は、その弱い重力のせいで表面の岩や砂が簡単に飛び去ってしまう。そのため、岩や砂を表面に持たない大きな岩の塊であろうと従来考えられてきた。しかし宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「はやぶさ」探査機が2005年11月に取得した高解像度の画像を調べたところ、小惑星イトカワは疑いなく砂利や無数の岩で覆われていることがわかったのだ。イトカワについては、密度が小さく空隙が40パーセントほどと大きいということが知られていたため、撮影された表面の様子は、イトカワが大小さまざまな大きさの岩石が集まってできた天体であることをより確実にした。おそらく重力的な集積と衝突のよる破砕を繰り返して形成された、惑星になりきれなかった岩片が、お互いの重力に引かれて集まり現在の形となったと考えられている。

振動の証拠

しかしこのようにしてできた瓦礫の集まりのような天体の割には、土砂の配置に規則性が見られた。たとえば、小さい砂利が大きな岩石の上にぽつんと存在していてもよさそうなものだが、こうしたものは一切なく、常に大きな岩石の間の隙間を埋めるような形で砂利が存在していた。また、イトカワの低い重力を考えると、岩石同士が引っかかって、隙間だらけで不安定に存在していても不思議はないのだが、すべての岩石は重力に対して安定な姿勢を保っていた。さらに、普通はきれいな円形を描くはずの衝突クレーターが、イトカワ上ではすべて不明瞭な形状をしてた。こうした事実は、イトカワを覆っている岩石が、全体的に何回もおそらく長時間にわたって振動を経験していたことを示していると考えられる。

地滑り地形の発見

研究グループは、イトカワ表面に地球の地滑り地形とそっくりな地形をいくつも発見した。イトカワの表面における重力を理論的に推定したところ、こうした地形が示す土砂の流動方向は常にその場の重力が働く傾き(つまり傾斜)と一致していた。このことからも「地滑り」や「土砂崩れ」のような地質学的現象を伴って形成された事が示されたのである。また、重力的に低い部分(すなわち、もし液体の水を置いたとしたら、流れていってたまる部分)に、かならず表面がスムーズな部分(ミューゼスの海など)が存在し、こうした部分の粒子サイズはイトカワ表層でもっとも小さい1cm程度の砂利であることが明らかとなったのだ。

イトカワで起こっていた「ブラジルナッツ効果」

岩石など粒子が集まって振動を受けると、流動化する事が知られている。これは粉流体と呼ばれている。この物理はひじょうに複雑で、完全に理解されていないが、粒子がサイズによって分別されることは良く知られている。こうした現象は身近に多くみられ、粉体工学などの分野では「ブラジルナッツ効果」として知られている。ミックスナッツの箱をしばらく揺すっていると、ナッツの大きさに応じて分離する現象だ。この現象によって、イトカワを構成している土砂は振動を受けるたびに、まるで「紙相撲」のようにじわじわと動き、次第に細い部分が「ふるい」にかけられたかのように分別していき、低い部分に堆積したと考えられる。すなわちイトカワ全土において土砂が流動化と移動を繰り返し、その結果として粒子の大きさによる分別が生じたわけだ。

天体で初めて見つかった地質現象

今回発見された「天体全球のスケールで、土砂が粉流体として運動していた証拠」は、長い惑星探査の歴史においてもイトカワ以外の天体では見つかっていない。地球では(全地球規模でその歴史を考えると)、マントル対流によって地表面が次々と変えられてきた。しかし熱源を持たないイトカワでは、熱源の代わりに振動が生じることで、マントル対流のように粒子が流動し地表面が更新されていたのだ。

イトカワ以外の天体では、なぜこうした機構が発見されなかったのだろうか?研究グループでは、これまで高精度で探査された天体の中で、イトカワがもっとも小さな天体である事に原因があると考えている。物理モデルによる計算で、イトカワほどの小さな天体は、宇宙空間に無数ある小さな粒子が衝突することで比較的簡単に全体的に震動することが示された。したがって、他の小さな天体においても同様のプロセスが起こっている可能性がある。イトカワでも比較的長い間に何度も震動したために、土砂の流動化が起こったと考えられている。

将来につながる成果

今回の発見は、地球の数十万分の1程度しかないイトカワの重力下においても、地球の地滑りや土砂崩れなどとよく似た堆積物が形成されていたことを明らかにした。そして、小惑星の表土が従来考えられていた以上にダイナミズムに富んでいる事を示し、「微小重力地質学」とも呼ぶべき、新しい学問の幕開けを予感させる重要な成果となった。

また、地球で地滑りや土砂崩れを引き起こすもっとも重要な要因は「水」の存在だが、イトカワには「水」も「氷」も存在しない。にもかかわらず地球の地滑りと類似した地形が形成されたという事実は、地球の地滑りや土砂崩れのメカニズムを解明するための、新たな視点として役立つと考えられている。粉流体の物理を理解するには低重力下での実験が重要なのだが、低重力では流動に時間が掛かってしまう。イトカワは長時間かつ微小重力下で粒子運動を行ってきた天然の実験室とも言え、この観点からの研究にも期待が集まっている。さらに今回の成果は、惑星の原材料である小惑星の生い立ちの解明に貢献するだけでなく、「はやぶさ」に続く次世代の小惑星サンプルリターン探査計画の立案や、将来の小惑星の資源利用可能性の調査にも役立つと考えられている。

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