ハッブル宇宙望遠鏡でも見えない、宇宙第一世代の恒星
【2020年6月11日 HubbleSite】
ビッグバン直後の宇宙に存在していた元素は水素とヘリウム(とごく少量のリチウム)だけで、宇宙で最初に誕生した「第一世代星(種族III)」はこれらの元素から形成されたと考えられている。こうした最初の恒星は極めて質量が大きかったと予想されているが、大質量星は寿命が短いため現在は存在せず、過去の(遠方の)宇宙にも第一世代星を含む銀河は確実には観測できていない。
ヨーロッパ宇宙機関のRachana Bhatawdekarさんたちの研究チームはハッブル宇宙望遠鏡(HST)を用いて、エリダヌス座の方向40億光年の距離にある銀河団「MACS J0416」を観測した。銀河団の膨大な質量が引き起こす重力レンズ効果を利用すると、銀河団の向こう側、さらに遠方にある天体の光が増幅されるので、重力レンズ効果がない場合に比べて10倍から100倍も暗い天体まで見つけることができるようになる。
研究チームはNASAの赤外線天文衛星「スピッツァー」とヨーロッパ南天天文台の超大型望遠鏡(VLT)の観測データも用いて、MACS J0416の重力レンズを通してビッグバンから約5~10億年後の初期宇宙を覗き、第一世代星を探した。この際、新たな手法を開発し、重力レンズ効果を及ぼす手前の明るい銀河からの光を取り除くことにより、ビッグバン後10億年以内の若い宇宙で、従来HSTが観測できなかったほど質量の小さな銀河を探すことが可能となった。
観測の結果、低質量の暗い銀河が数多く見つかったが、それらのスペクトルはこの時代に既に水素やヘリウム以外の重元素が存在していることを示唆しており、第一世代星が残っていることを示す証拠は得られなかった。
一方で、今回の観測対象となった宇宙誕生後5~10億年は「再電離」が進行した時代と考えられている。ビッグバン直後の宇宙では元素が原子核と電子に分かれた電離状態だったが、宇宙が冷えると両者が結合して原子になっていた。その中から光を放つ天体が生まれた結果、そのエネルギーを吸収して星間物質が再び電離したのが再電離期である。Bhatawdekarさんたちは、今回見つかった小さな銀河が再電離を引き起こした主なエネルギー源なのではないかと考えている。
また今回の観測結果は、宇宙に最初の星や銀河が誕生した時代はHSTで観測可能な限界よりもさらに以前にさかのぼることを示唆するものである。宇宙最古の銀河をとらえるという課題は、2021年の打ち上げが検討されているHSTの後継機「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)」に委ねられることになりそうだ。
〈参照〉
- HubbleSite:Hubble Makes Surprising Find in Early Universe
- The Astrophysical Journal:UV Spectral Slopes at z = 6−9 in the Hubble Frontier Fields: Lack of Evidence for Unusual or Population III Stellar Populations 論文
- MNRAS:Evolution of the galaxy stellar mass functions and UV luminosity functions at z = 6−9 in the Hubble Frontier Fields 研究チームが2019年に発表した論文(今回の成果のベース)
〈関連リンク〉
- HubbleSite
- Frontier Fields
- VLT
- Spitzer Space Telescope:
関連記事
- 2022/10/05 宇宙の第一世代の恒星が残した痕跡、発見か
- 2022/08/30 宇宙再電離は銀河が多い領域ほど早く進行
- 2020/01/14 ビッグバンから7億年後、観測史上最遠の銀河群
- 2019/08/20 孤立した超大質量星が起こした不可思議な超新星爆発
- 2019/05/31 宇宙最初の星の超新星爆発は球形ではなかった?
- 2018/11/12 重元素をほとんど含まない、135億歳の低質量星
- 2018/08/20 初期宇宙は銀河が少ない場所ほど不透明
- 2018/03/06 宇宙最初の星々が宇宙背景放射に残した痕跡を初検出
- 2017/12/13 ダークマターの大海原に浮かぶ巨大原始銀河
- 2017/12/11 観測史上最も遠い超大質量ブラックホールを発見
- 2017/07/18 8億歳の宇宙のライマンアルファ銀河から探る宇宙再電離
- 2016/03/16 フロンティア・フィールズ・プロジェクト、銀河団に迫る
- 2016/01/13 遠方のガス雲に見えたかもしれない第一世代の星の痕跡
- 2015/06/19 初期宇宙に明るい銀河「CR7」発見、第一世代星の証拠も検出
- 2015/04/28 初期の宇宙を照らした、太陽の1億倍明るい星団
- 2014/09/25 鉄が見つからなかった星は宇宙初期のブラックホール生成の痕跡
- 2014/08/25 天の川銀河の星に、宇宙初代の巨大質量星の痕跡
- 2014/04/24 宇宙誕生10億年後のガンマ線バーストに中性水素の痕跡
- 2012/09/21 宇宙が5億歳だったころの銀河の光
- 2011/04/15 重力レンズで127億光年先の銀河もくっきりと