シアン化水素の観測で調べる海王星の大気循環
【2020年10月28日 東京大学】
太陽系で最も外側を回る惑星の海王星は、木星、土星、天王星と同様に水素とヘリウムを主成分とする大気を持つが、他の惑星とは異なり、成層圏上部にシアン化水素(青酸ガス)が多く存在している。これはシアン化水素に特有の電波を検出して判明したことだ。
海王星の成層圏でシアン化水素が検出されたことは大きな謎を呼んだ。海王星の大気下層にあたる対流圏と上層の成層圏の間(対流圏界面)の気温はマイナス200℃しかない。そのため、常温付近でも液体になるような沸点の低いシアン化水素がガスのまま成層圏まで上昇することは考えにくいのだ。この謎を解明するには、海王星の全球におけるシアン化水素の広がり方を知る必要があったが、電波を高い分解能でとらえるのは難しいため、シアン化水素がどのように分布しているのかまではわかっていなかった。
東京大学情報基盤センターの飯野孝浩さんたちの研究グループは、高い感度と分解能を持つアルマ望遠鏡で海王星を観測してこの問題に取り組み、海王星の分子ガスの分布を調べた。
観測の結果、シアン化水素の濃度は赤道付近で約1.7ppbと最も高く(1ppbは大気分子10億個に対してシアン化水素分子が1個存在するという意味)、南緯60度付近で最も低い約1.2ppbであることがわかった。つまり、海王星のシアン化水素は南北の緯度によって量が異なるのである。
観測されたシアン化水素の分布の濃淡には、成層圏の大気の流れが反映されているのではないかと研究グループは考えている。地球の場合、成層圏のオゾンは赤道から遠ざかり高緯度になるほど多くなる。これは、オゾンが成層圏で生成され、なおかつその成層圏には低緯度から高緯度へ向かう大気の流れがあるためだ。このようなメカニズムが、海王星にもあるのかもしれない。
海王星の成層圏では、外から届いた放射線で窒素分子が分解されることがきっかけとなってシアン化水素が生成されうる。今回の観測でシアン化水素が最も少なかった中緯度地帯では、上昇気流で窒素分子が成層圏へと運ばれていると考えられる。その窒素分子が化学反応でシアン化水素を生成しながら赤道と南極へ運ばれていくため、中緯度から離れるほどシアン化水素の濃度が濃くなるというわけだ。
今回の研究は、シアン化水素の観測を通じて海王星全体における大気の循環を調べられることを示唆するものだ。海王星のように遠方にある惑星の大気を、探査機を送らずに地上からの望遠鏡で詳細に観測できるメリットは大きい。継続的に調査を続けられるのは、地上からの観測ならではの強みだ。短期的・長期的な変化をとらえることで、太陽活動や惑星の季節と連動した大気活動のメカニズムを明らかにすることも可能になるだろう。
〈参照〉
- 東京大学:海王星の赤道に横たわる猛毒ガス「シアン化水素」の帯を世界で初めて発見 ~太陽系最遠方の惑星の大気の流れ・化学に、地上観測から迫る~
- アルマ望遠鏡:アルマ望遠鏡、海王星の赤道に横たわる「シアン化水素」の帯を世界で初めて発見
- The Astrophysical Journal Letters:A Belt-like Distribution of Gaseous Hydrogen Cyanide on Neptune's Equatorial Stratosphere Detected by ALMA 論文
〈関連リンク〉
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