銀河中心のガスは巨大ブラックホールにほぼ飲み込まれない

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アルマ望遠鏡で、銀河中心の巨大ブラックホールに落ち込むガス流が初めて詳しくとらえられた。ガスの大半は実はブラックホールの周囲で噴水のように循環しているという。

【2023年11月9日 アルマ望遠鏡

多くの銀河の中心には、質量が太陽の100万倍以上という超大質量ブラックホールが存在する。超大質量ブラックホールは銀河のガスが落ち込む「ガス降着」によって成長するはずだが、一方で、ブラックホールのごく近くまで落ち込んだガスが「降着円盤」を形成し、数百万度まで加熱されて激しく輝く「活動銀河核(AGN)」という状態になることもある。AGNは強力な光や物質のジェットを放出するため、ブラックホールに降着するガスの一部は逆に噴出流となって吹き飛んでしまうとも考えられる。

ブラックホールにガスが落ち込むメカニズムについては、銀河中心付近の直径数百光年から銀河全体に相当する10万光年ほどのスケールでは様々なことがわかっている。しかし、ブラックホールのすぐそば、直径数十光年以内で起こるガスの降着については、領域が小さく、ガスの運動が複雑なため、観測で流れをとらえることが難しい。そのため、どれくらいのガスが流入・降着するのか、あるいは噴出流としてプラズマ・中性原子・分子などのガスがどれだけ出ていくのかといった問題については、よくわかっていなかった。

国立天文台の泉拓磨さんたちの研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて、コンパス座の方向約1400万光年にある「コンパス座銀河」(ESO 97-G13)の中心部を観測し、超大質量ブラックホールを取り巻くガス流の構造を調べた。

コンパス座銀河の中心部
アルマ望遠鏡で観測したコンパス座銀河の中心部(擬似カラー)。画像中央に活動銀河核が存在する。(赤)中密度分子ガスを反映する一酸化炭素の分布、(青)中性原子ガスを反映する炭素原子の分布、(緑)高密度分子ガスを半影するシアン化水素の分布、(ピンク)プラズマガスを反映する水素再結合線の分布。(右上)高密度分子ガス円盤の拡大。プラズマの噴出流は高密度分子ガス円盤とほぼ直交する方角に出ている(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Izumi et al.、以下同)

泉さんたちは、プラズマ・中性原子・分子という全ての種類のガスについて、定量的な測定を世界で初めて行い、約1光年のスケールでガスの分布や運動をとらえた。AGN周辺の多種類のガスを観測したデータとしては、過去最高の解像度となるものだ。

その結果、銀河中心から数光年にわたって存在する高密度の分子ガス円盤で、超大質量ブラックホールへと向かう降着流が初めてとらえられた。明るく輝くAGNの光が手前の分子ガスに吸収されて「影」を作っており、この吸収体となっている分子ガスが私たちから遠ざかっている、つまり、まさにAGNへと落ち込んでいることが示されたのだ。

また、この分子ガス円盤の自己重力が、自身の圧力で支えきれないほど大きいこともわかった。こうした条件にあるガス円盤は「重力不安定」という現象によって自重で潰れ、複雑な構造を作るので、安定して運動することはできず、ガスは一気に中心のブラックホールめがけて落ちていく。AGNの中心部でガスの重力不安定が実際に起こっていることを初めて突き止めた成果である。

さらに、ガスの密度と降着流の速度の解析から、このブラックホールに供給されているガスの量はAGNのエネルギーを生み出すのに必要な量の30倍にもなることが明らかになった。つまり、コンパス座銀河の中心約1光年の範囲では、ブラックホールに降着するガスのほぼ全てが、実はブラックホールに吸い込まれていないことになる。

泉さんたちの観測によると、この余ったガスは、銀河中心から外へ向かう噴出流となっていた。ブラックホールへ流入したガスの大半は、分子ガスや中性原子ガスとして外向きに噴出するが、速度が遅いためにブラックホールの重力圏から脱出できず、再びガス円盤に舞い戻って降着流になるという、あたかも「噴水」のようなガスの循環が起こっていたのだ。

活動銀河核の星間物質分布の想像図
今回の観測結果に基づく、活動銀河核周辺の星間物質の想像図。銀河から高密度分子ガスが円盤面を伝ってブラックホールへと流入する。ブラックホールの周りに集積した物質が加熱されて生じたエネルギーにより、分子ガスは破壊されて中性原子やプラズマになる。こうした多種類の星間物質の多くは、銀河の中心部から外へと向かう噴出流に変わり、円盤の直上方向には主にプラズマが、斜め方向には主に中性原子や分子の噴出流が発生する。しかし、大半のガスは噴水のように再び円盤に舞い戻る

「活動的、すなわちまさしく現在成長中の超巨大ブラックホール周辺のわずか数光年スケールの領域で、ブラックホール降着流や噴出流を多相ガスで検出し、さらにはブラックホールへの降着機構をも解明することができたことは、超巨大ブラックホール研究の歴史における一つの記念碑的な成果であると考えています」(泉さん)。

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