超大質量ブラックホールが撃ち出す超高速のガスの弾丸
【2025年5月20日 JAXA】
銀河の中心に存在する超大質量ブラックホールは、親銀河と比べると質量で約100倍、大きさでは1億倍もの差があるが、銀河とブラックホールは互いに密接に関わり合いながら共に進化してきたと考えられている。この共進化の謎を解く鍵の一つが、ブラックホールから高速で噴き出すガスの流れ(アウトフロー、風)だ。風は銀河のガスを温めたり押し除けたりして星形成を抑制すると考えられるが、そのエネルギーが銀河に影響を与えるほど大きいかどうかはわかっていなかった。
X線分光撮像衛星「XRISM」の国際共同研究チーム(XRISM Collaboration)は昨年3月、へび座の方向20億光年彼方に位置するクエーサー「PDS 456」を観測した。PDS 456の正体は太陽質量の数億倍の超大質量ブラックホールとみられ、強いエネルギーを放射している。
観測の結果、従来は太く広がって1つにしか見えていなかったX線スペクトルの吸収線が、実は多数の細い吸収線が集まる複雑な構造をしていることが明らかになった。XRISMの軟X線分光装置Resolveがもつ、非常に高精度でX線エネルギーを判別できる能力のおかげだ。
PDS 456のイラストと観測された吸収線スペクトル。一番上がスペクトル(白がデータ、赤線はモデル)、下の5つは光のドップラー効果によって異なる速度のガスが異なるエネルギーの吸収線として観測されることを示している(提供:JAXA)
吸収線を解析したところ、少なくとも5種類の異なる速度のガスが風の中に見られた。ガスの流れは、従来の広がった吸収線から想像される滑らかな構造を持つ連続的なものではなく、「弾丸」のようなぶつぶつとした構造を持つ離散的なものであることが示唆される。
また、弾丸のような風から放出された強く広がった輝線もとらえられた。ガスの量が多く、風が全方向に噴き出していることを示しているとみられる。
これらの結果から、「超大質量ブラックホール全方向に噴き出す弾丸のような風」という新しい描像が明らかになった。データを基に風の運ぶガスの量やエネルギーを推定したところ、1年間に太陽60~300個分もの量のガスを噴き飛ばしていることや、ブラックホールからわずか0.1年以内というすぐそばで発生した風が、数千光年という銀河規模で噴いている風に比べて1000倍以上も大きなエネルギーを持っていることもわかった。
(左)全方向に噴き出す風を構成する「弾丸」の速度や大きさ。(右)銀河規模の風との比較。画像クリックで表示拡大(提供:プレスリリース資料)
今回の観測結果は、ブラックホールの近くで作られた風のエネルギーのほとんどが銀河ガスの流れに渡されていないことを意味している。これは「弾丸が間欠泉のようにたまにしか発射されない」もしくは「弾丸が銀河内ガスの薄いところからすり抜けている」ことを示唆するもので、共進化に関する従来の理論モデルでは説明できない。銀河とブラックホールの共進化を説明する、新たな理論モデル構築が必要となるだろう。
PDS 456の想像図。風(白で表現)は全方向に噴き離散的な構造をしている(提供:JAXA)
〈参照〉
- JAXA:超巨大ブラックホールが撃ち出す超高速のガスの弾丸
- Nature:Structured ionized winds shooting out from a quasar at relativistic speeds 論文
〈関連リンク〉
- XRISM:
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