宇宙の初期状態を逆算する「時短テクニック」
【2021年2月22日 国立天文台天文シミュレーションプロジェクト】
宇宙における銀河の分布は泡に似ていて、大きさ1億光年程度の空洞に近い領域と、その間に集まった銀河団や超銀河団が連なってできている。このような「宇宙の大規模構造」は、約138億年前に宇宙が誕生した直後にまで起源をさかのぼることができるとされる。特に有力な仮説が、宇宙が誕生直後に指数関数的に急膨張したとするインフレーション理論だ。この理論によれば、ミクロなレベルで生じるゆらぎがインフレーションで引き延ばされることで、後に大規模構造へ発展する粗密のパターンが初期宇宙に作られたという。
インフレーション理論には様々なモデルがあり、急膨張を経て形成される密度ゆらぎはモデルによって異なる。逆に言えば、宇宙初期の密度ゆらぎを計算できれば、どのインフレーションモデルが正しいかを検証できるはずだ。ただ、現在の銀河の分布をそのまま138億年前の密度分布と見なすことはできない。天体間の重力によって物質が移動しているからだ。重力の影響を差し引いて初期宇宙の状態を求めるのは、複雑で膨大なデータ解析を要する困難な作業だとみられていた。
国立天文台の白崎正人さんたちの研究チームは、時間を逆向きにして、現在観測できる大規模構造から宇宙初期の銀河分布を求める「再構築法」でこの問題に取り組んだ。再構築法は効率的な手法ではあるものの、近似的な計算方法であるため、インフレーション理論を検証できるだけの精度があるかは不明だった。そこで、白崎さんたちはスーパーコンピューターで仮想の宇宙を4000個作り、再構築法が通用するかを調べた。
4000個の宇宙はそれぞれ初期の密度分布が異なる。研究チームは、一つ一つの仮想宇宙について初期密度ゆらぎに基づいて約1億個の銀河を配置し、銀河間に働く重力をシミュレーションして時間を進め、仮想宇宙における「現在の大規模構造」を作り出した。続いて、現在の状態から再構築法によって近似的に時間を戻し、どこまで初期の密度分布を再現できるかを調べた。計算には国立天文台の天文学専用スーパーコンピューター「アテルイII」が使われている。
その結果、どのような初期密度ゆらぎからシミュレーションを実行しても、再構築法によって近似的に復元した銀河分布は正しい分布と統計的性質がよく似ていることがわかった。つまり、現実に観測できる宇宙の大規模構造に再構築法を適用した場合も、インフレーション理論を検証するのに十分な精度で初期密度ゆらぎを復元できることになる。
再構築法はただ計算が簡単になるだけではなく、使用するデータを減らしても必要な情報が得られるという点で有利だ。従来の手法では、膨大な数の銀河を観測して現在の大規模構造を把握する必要があったが、再構築法ではその約10分の1だけ銀河を観測すれば同等の検証ができるという。「この解析手法を応用することで、効率的にインフレーション理論を検証できることが期待されます。私たちはいわば、宇宙の始まりを科学的に検証できる『時短テクニック』を手に入れたのです」(白崎さん)。
〈参照〉
- 国立天文台天文シミュレーションプロジェクト:スーパーコンピュータで時間を戻して探る宇宙の始まり
- Physical Review D:Constraining primordial non-Gaussianity with postreconstructed galaxy bispectrum in redshift space 論文
〈関連リンク〉
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